七月のいるか











 七月に入ると途端に暑くなった。今日も熱帯夜一歩手前で、ベッドに入る前にTシャツはそこらへ脱ぎ捨てている。それでも汗が滲んでくるくらいだ。にも関わらず、懲りずに隣り合って眠っているのが大きな原因だとは政宗自身もよく分かっているが、この部屋には一つしかベッドがないから仕方ない。
 元親は眠っている間、エアコンをつけることを嫌がる。代わりにと開け放った窓からは、気持ち程度ひんやりとした夜の空気が流れ込んできた。これからもっと茹だるような熱さがやってくるのかと思えば憂鬱に感じる。
 夏は正直、嫌いだ。元親が好きだという、「生き物がみんな一生懸命生きてるって感じ」も政宗にとっては煩わしいだけだし、寒かったら着込めばいい冬と違って夏は脱ぐのにどうしても限界があって、しかし裸になっても暑いものは暑い。そう答えれば、とてつもなく呆れた溜め息を返された。どうやらわかり合えない運命らしい。
 部屋には光源が一切ないが随分と前からのことで、政宗の左目はすっかり暗がりに慣れていた。すうすう、と規則正しく上下する眼前の肩口をぼんやりと眺める。こちらに背を向けて元親が眠りについてからしばらく経っていた。時計を見ていないから正確な時間は定かでないが、一時間弱といったところだろうか。
 眠れない。
 政宗は元親を起こさないよう、そっと何度か身動ぎ息を吐いた。さっきからずっとこんな調子だ。
 静かな夜はとりとめもなくいろんな事が頭を過ぎり、考え込んでしまう。今に始まったことではない。放っておけばいつの間にか朝がやってくる。何も不安に思うことはない。いつも通り、耳が痛い程の静寂に身を任せていれば自ずと過ぎ去っていく。何度も繰り返してわかりきっている筈なのに。
 政宗はぎゅうと目を瞑る。
「眠れないのか?」
 てっきり熟睡しているとばかり思っていたから、突然声がして驚いた。元親が寝返りを打つ。至近距離から覗き込まれて政宗は思わず息を詰めた。
「まさかずっと眠れないでいた?」
「アンタが一人で先に寝るからだろ」
「なんだよ、勝手だな。眠いんだよ俺…ほら、政宗もさっさと寝ろ」
 一睡もしないでいるのは辛いぞ。
 そう言って元親は気怠げに腕を持ち上げ、政宗を抱き寄せた。元親もまたベッドへ入る際、下着一枚になっている。晒された素肌は少しだけ湿っていて、触れ合えば熱いくらいだった。少し迷って、政宗は元親へと伸ばした腕を絡みつけてさらに密着する。
「明日は俺に付き合って遊んでくれるんだろ…」
 早くもうとうととし始めた元親の掌がやさしく背を撫でさすっていった。目の前の胸に頬を押しつけ、政宗はふっと身体を弛緩させる。息をすれば嗅ぎ慣れた元親のにおいで鼻腔が満たされる。じわじわと体温が上がり、汗が滲んでくるがそれでも手放す気になれなかった。政宗は目を伏せ、一層腕に力を込める。ふ、と元親が静かに笑った気配がした。
「クーラーつけてもいいか?」
「なんだ、もっとくっついてたいのか?窓閉めたらいいぜ」
 政宗は言われるがまま窓を閉めて鍵を掛け、枕元に置いてあったリモコンでスイッチを入れる。まもなく送風口からキンキンに冷えた風が吹き出し始めた。政宗が向き直ると、横たわったままの元親は両腕を広げて待ち受けている。しぱしぱと瞬きを繰り返し躊躇った後、政宗は元親に覆い被さり、首筋を鼻先で掻き分けた。くすぐったいと訴えつつも元親はされるがまま。一度離れ、触れるだけの口づけを落とす。ぎゅう、と長い腕が政宗を捕らえ、力強く抱き締めた。
「Good night.」
「いい夢を」
 もう一度唇を寄せ合い、元親は惜しむようにゆっくりと瞼を下ろす。政宗もそれに倣った。
 底知れぬ静寂に力強い鼓動が響き渡る。規則的に鳴り続ける音へ耳を傾けていると、いつの間にか元親と呼吸が同期していたことに気がついた。
 政宗は自身の意識を暗闇の中へ放り投げる。容易に睡魔はやってきそうな気配だった。
















(2010/07/19)