バイバイ・サマー!
元親が季節外れの西瓜を抱えてやってきた。夏休みも終わり、授業が始まって初めての土曜。つい先日、宿題が終わらないと泣きついてきたが一肌脱いだ政宗のおかげで、期限には2日遅れたもののめでたく提出することが出来た。
「へぇ。スイカ、ねぇ」
「だって放っておいたら可哀相だろ?食べるために作られたのに。よ、と」
ごろりとキッチンに転がる西瓜は、盛りの頃と比べてだいぶ小振りだ。ふたりで食べるにはちょうど良いだろう。
濃さの違う緑が縦縞を描いた果実の厚い皮を、楽しそうに白い指が引っ掻く。眺めて政宗が包丁を取り出せば、それは慌てて飛び跳ねた。
「待った待った!どうせなら!」
上背も十分過ぎるほどある元親が抱えると、ただでさえ小さな西瓜がさらに小さく見える。口の端で笑いながら、その先を政宗は促した。
「夏の終わりにスイカ割りなんて、いかが?」
最上階でエレベータを降りて、屋上へはかんかんと歩く度に間の抜けた音が鳴り響く階段を登る。途中、元親はとても上機嫌で鼻歌を歌いながら腹に抱えた西瓜を転がしていた。これが意外に、と言ってしまえば失礼だが、元親は歌が上手い。こもった旋律を興味なく聞き流しているように見えた政宗は、一昨日互いに好みだと同意した曲が漏れるといち早くタイトルを答えた。
屋上はこのマンションの住人の、共有スペースとして設けられている。貯水タンクの脇を通り物干し竿の下をくぐり抜けて、元親はやっと西瓜を手放した。
夜風は素肌に少々冷たい。フェンスの軋む音が微かに聞こえる。
「やっぱり政宗の部屋から木刀持ってくればよかったー」
「だから。果汁まみれなんて、嫌だっつてんだろ」
先刻からちっとも進まない問答を、懲りずにまた繰り返す。
拗ねる元親が辺りをきょろきょろ見回すと、無造作に転がる折れた竿を目聡く発見。スキップでもしそうな勢いで近づき拾うと、政宗は西瓜を示して、どうぞ、と肩を竦めた。元親が実に楽しそうに笑う。
「うりゃっ」
いくらか躊躇って振り下ろされた一撃は、ぼよん、と間抜けな感触を手に残した。跳ね返った竿をまた握り直し、再び力を込める。もう一度、今度はみきみきと手応えのある音。縞に沿って、いくつかの亀裂が走った。
「おぉ」
しゃがみ込んでぱちぱちと手を打ち鳴らす政宗が、指を無理矢理割り入れるとあっという間に西瓜は真っ二つだ。
真っ赤な果汁がコンクリートを濡らす。甘い匂いがそこらに漂った。
「なぁ元親、スイカ割りって目隠しして何回転とか、そういうゲームじゃねぇの?」
「あ!」
「ま、食えれば問題ないけどよ」
さらに小さく分けて、その内のひとつを元親に差し出すが、頭垂れた彼はうんうん唸り始めて受け取らない。ものに対してのこだわりが強いは、元親の性格だ。
「はいはい。わかったわかった。わかったから、食えよ」
まだまだ言い足りず開いたままの口に、政宗は素手で毟った一口大の果肉を突っ込む。噛み砕くのを待って、もうひとつ。元親が首を捻った。
「甘くない、かも?」
「だな。旬にあれだけ食って、舌肥えたんだろ」
夏が始まって間もなく、元親は腹をこわした。クーラーの効いた部屋で西瓜と、冷たいアイスを大量に食べたのが原因だ。加えて、いくら政宗に抱きついて寒くなかったとはいっても、何も掛けずに眠っていたのも少なからず影響があるだろう。
単品食いは止めろって言ってるだろうが。政宗が手元の西瓜にかじりついて窺えば、元親はごくりと喉を鳴らし、口を開けてみせた。
「自分で食べれねぇのか?」
赤い果肉を赤い舌にのせて、笑った政宗の指が離れる。名残惜し気に元親が目をしばたかせた。よごれた口元を、無造作にTシャツの袖で拭き取る。白い生地が、滲んで染まった。自然とふたりは無口になる。
「…寒くなってきたし、部屋、戻る?」
「明日、片付けに来るか」
余った西瓜を抱えて、立ち上がると空いた互いの手を繋ぎ合った。
「政宗のも俺のもべたべたする!」
「帰ったら風呂だな。そのシャツも洗ってやるよ。だから帰ったら、まず脱げ。つーか脱がす」
「今に始まった事じゃないけど、政宗ったら横暴!」
屋上にひとつしかない扉がゆっくりと閉まる。
夏の残り香は、なかなか消えないらしかった。ほんの少しだけ、淋しい気分がした。
(2006/09/30)
本当、季節外れのネタで申し訳ないです…。今年はあまり西瓜食べてない気がするなぁ。