ながらくあけまして
三が日も過ぎた頃、政宗のマンションへ大きな荷物を抱えた元親がやってきた。
「メリー大晦日ニューイヤー!」
玄関を開けた瞬間にこれだから、政宗はしばらくの間ぱちぱちと目を瞬かせたが声の主が元親だとわかると、思わずぶすりとしてしまう。
クリスマスも年末年始も、一緒に過ごすことが出来なかった。大学は冬休みだが、元親にはバイトがあったのだ。バイト先はこの時期がちょうど稼ぎ時だ。クリスマス前にそう聞いていたから、 気を遣って政宗は25日が終わろうかという時間を狙ってメールを入れていた。そのメールに、これまで一切返信はなかった。
「なんだそれ」
「ずっと会ってなかったから、一気に済まそうと思ってよ」
むっすりとした顔でそれ以上何も言わず、腕を組んで不機嫌であることを表すと、元親は叱られるのを待つ子どものように眉を下げ項垂れた。
そう、ずっと会えていなかった。しびれを切らし重ねてメールをしてみても、電話をしてみても、元親から返事はなかった。アパートにも何度も顔を出した。もちろん、誰の姿もなく鍵はしっかりとかかっていたのだが。
本当に、本当に心配したのだ。恋人の自分にも言えないような事情なのだろうか。政宗はふと考えて、身体の内側が冷える感触に震えていた。万が一、元親の身に何かがあったら。今思い返せば、大げさすぎることまで考えていた。
「…アンタのアパートに行って、あのこえー大家から聞いた。帰省してたんだってな」
「ああ!クリスマスのバイト終わったら実家から電話があってよ。そしたら無性に四国に帰りたくなって、そのまま単車とばしてた」
「俺からの連絡を無視したのは?」
「それは、悪かった…。実家には一泊したら気が済んで、すぐ引き返してきたんだよな。でも突然天候が悪くなってよ…大雨に降られたせいで携帯は水没しちまった…」
そう言って元親はダウンジャケットのポケットから、ディスプレイに水が浸入しうんともすんともいわなくなった携帯を取り出して見せた。ほう、と安心か呆れか、どちらともつかない溜め息が自然と溢れる。元親はというと、ちらりと政宗を覗き見、窺っている様子だった。
「とにかく、上がれ。帰ってきたばっかなんだろ」
そう言って、部屋の中を顎で示す。元親は大人しく従い、脱いだスニーカーを揃えると先を行く政宗を追いかけて来た。
土産だとか観光だとか書かれた紙袋から次々に飛び出てくる代物たちは、どれも政宗は初めて見るものばかりだ。その内のひとつを手にし、まじまじと眺める。鰹節のような形をしているが柔らかく、火が通った状態でパックされていた。
「それな。土産やのおばちゃんにすげーすすめられてよ。焼き鰹なんだと。俺も試食してきたけど美味かった」
「こっちは?」
「高知の名物、のり佃煮。これだけで飯が何杯もいける。俺のおすすめ。あ、明日あたり宅急便で酒が届くから」
「は?ここに?」
「うん」
あとこれこれ、と元親はごそごそ荷物をあさり、取り出した小さな袋を政宗の掌の上に乗せる。中から転がり出てきたのは、おそらくご当地キャラのストラップ。土産やの一角、傍から見て元親のような男が長居するには不似合いなそこで身を屈め、どれにしようか迷っている姿を想像して政宗の頬が緩んだ。
「機嫌なおった?」
はっとして振り返ると、元親はにやにやとした表情でこちらを見やっている。
ここで認めては負けたような気分になってしまう。政宗は慌てて拗ねた顔を作り直した。しかし、おそらく何もかも見透かされているのだろう。どうしてかわからないが元親はこちらが必死に押し隠している思いさえ器用に読み解いていく。そんな所に救われたことも、煩わしく思ったことも、これまでの付き合いの中で決して少ない回数あった。たとえどれだけ寄り添っていたとしても暴かれたくないものだってある。
「許してもらえなかったらどうしようかと思ってたんだ」
元親が膝でにじり寄ってくる。
ふと伸ばされた指先が政宗のそれへと絡んだ。当たり前だが触れられるのは久しぶりだ。大きな掌に包まれた手の甲があたたかい。
許す、なんて未だ一言も言っていないのに。
けれどもただ元親が居ればそれだけでいい、とも思う。
「俺がアンタのことを許さないって?」
「ああ。これでも心配してたんだぜ」
「これでもってことはわかってるんじゃねぇか」
少しだけ咎める色を含んだ政宗の言葉に、元親は生返事をするだけだった。
ぎゅう、と繋いだ手にありったけの力をこめる。きょとんとした顔で元親が瞬きを繰り返した。
「これからはせめて一言寄越せよ」
「いつもそのつもりなんだけどなぁ…」
「全く説得力がねぇよ。とにかく、おかえり」
(2010/02/28)
いつの間にか2月になってました。