きみのしらないぼく











 それはある日、唐突に湧き上がった。
 残念なことだが、元親の拙い語彙力ではそう表現する他ない。この時ばかりは少し軽めの脳みそが恨めしかった。

 ふと空になった元親の頭に浮かんだのは、もう何百年も前の記憶だった。

 その記憶の中心には、可笑しなことだが自分が居て、もちろん今の自分も変わらずあって、正に「わけわからねぇ」状態である。幼ければ癇癪でもおこしてすっきり出来たろうに。しかし、それなりに年を食った時分では叶わず、闇雲に拳を振るいぶちのめし、屈折した方法で決して晴れない気持ちとたたかうしかなかった。
 おかげで、腕っぷしは滅法強くなった。大抵の喧嘩には負ける気がしない。殺気を惜しむことなくぎらつかせ、真っ向から睨み合い、内から込み上げる高揚感に身を任せれば何もかも忘れられた。
 ただし殴られた頬が痛みを訴えるたび、舞い散る血を被った記憶が蘇るたび、侘しさにも似た圧倒的な感情に覆われ、息苦しくなる。
 ぽかりと空いた穴に、淋しさが痛いくらいしみた。





 元親の足元は端から見ても覚束なく、非常に危なっかしいものだった。思考もふわふわ宙を漂っているようで、視界がぐらぐらと揺れる。元親は勢いよく、首を傾げた。
「あれぇ…おっかしいな〜?俺、こんなに酒弱かったかぁ…?」
 自棄になって煽ったアルコールはたった缶一本だ。昔は浴びるように飲んでも平気だったのに。そう考えて、元親は自嘲的に口元を持ち上げた。
 衝動のまま、手にしていた空き缶を乱暴に投げ捨てる。それは随分と軽い音で建物の壁に撥ね飛ばされ、何度かバウンドした後、生ゴミくさい大きな箱の傍に落ち着いた。
 すべてが鬱陶しくて、腹立たしい。理由は言葉に出来ないのに。
 元親は強く握った拳で、傍らのコンクリで作られた壁を殴った。じん、と痛み、数瞬の後に皮膚が破れたのを感じた。
 瞬間的に頭へ血を上らせたせいか、がんがんと脈打ち、浮遊感はさらに酷くなる。たちまち上下左右の方向感覚すらなくなり、背中を壁へしたたかに打ち付け、元親は倒れた。いっそ気持ちいいほどの余韻を残して、意識は薄れてゆく。



 朧気な感覚越しに、やさしく触れられるのを感じて、元親はほとんど反射的に浮かんだ名をつむぐ。
「まさむね…」
 確かな響きを持って、しかしそれは虚空へと散っていった。
















(2007/11/07)
一度書いてみたかった生まれ変わりネタ。
ちょっと手探り感が拭えないため、とりあえず前編みたいなのを上げてみました。後編はまた後ほど。