メリクリ!











 暢気にクリスマスソングを歌っていたかと思えば、突然メロディラインが原形をとどめないほど崩壊し、低く喉を震わせた笑い声へと変わっていく。いつものことながら今日は一段と激しいな、とぼんやり考え、政宗は既に冷えたお湯割りをちびりと舐めた。随分と酔いが回っているようだからグラスへ水を注ぎ差し出すと目の前に座る男はひったくるように受け取り、この酒うめぇな!と一気に飲み下した。味覚も何もかも鈍っているらしい。それも仕方のないことだろう。辺りに転がっている酒の空き瓶はいくら男二人で消費したとはいえあまりに多すぎた。しかも、その大部分を消費したのは政宗ではなく。
「クリスマス、クリスマスなんてよォ…!」
 ガン、と額から勢い良くこたつへ突っ伏した元親なのだ。
「なんだよ町中浮かれやがってチクショウ…手を繋いでそこら中を歩きやがって…俺だって、うう、う」
「毎年やっててよく飽きねぇなアンタ」
「俺だって好きでやってるんじゃねぇよ!」
 そんなにつらいなら、別れなければいいのに。政宗の言葉には答えず、ず、と元親は鼻を啜った。

 元親とのつきあいは長い。気がつけば知り合ってから二桁の年数が経っていた。いわゆる腐れ縁というやつだ。だから、間違っても他人には言えないような秘密を互いに共有している。
 例えば、政宗は意外と酒に弱くて、酔いが回るとすぐ眠たくなるとか。ホラー映画は絶対にシアターで見られないとか。いくら顔や性格が好みでも食事のマナーがなってない女性とはつきあえないとか。実は二十を越えた今でも未だ母親のことが少し怖いとか。割と暗い性格の子どもだったとか。
 不思議と元親には隠し事ができなかった。決して無理矢理聞いてくることはない、けれども自然と話したくなるのだ。おそらく、元親を慕ってくる皆もその魅力に惹かれたのだろう。
 そんな元親でも、あまり口外できないような秘密を持っていた。しかもその秘密は政宗しか知らない。
 普段はそういった素振りを一切見せないものの元親は恋愛に関してだけは驚くほどだらしがなかった。良く言えば奔放、悪く言えば無節操なのだ。しかもストライクゾーンが異様に広いからさらにたちが悪い。年の差はもちろん、性別も元親にとっては関係がなかった。初めて明かされた時は大手商社に勤める壮年の経理部長。女子高生だったこともあるし、次の相手はその彼女の男友達だった。政宗が知る限りでも元恋人は他にもたくさんいる。
 つい先日までつきあっていたメーカーの営業だという彼も、この調子だと別れて間もないのだろう。
 決まってクリスマスを迎える前に恋人と別れ、政宗を巻き込んでやけ酒に明け暮れることが元親のもう一つの秘密だった。
 毎年懲りずに繰り返して、その度これでもかというほど落ち込んで。
 わざとか、からかっているのか、と政宗は呆れ気味に尋ねたことがある。そうしたら烈火のごとき怒りを全力でぶつけられ、部屋を追い出され、ほとぼりが冷めるまで距離を置こうと帰路に就いたら携帯で呼び戻され、丸一日膝を抱えて沈黙する元親と向き合わなければいけなくなった。以来、クリスマス前後は人知れず緊張をはらんでいる元親の機嫌だけは損ねないよう細心の注意を払っている。
 なぜそこまでしてつきあうのか。政宗自身が聞きたいくらいだ。けれども、どうしても放っておけなかった。
 ただ好きな人と過ごしたいだけなのに。酒に呑まれた元親はいつもそうぼやいた。

「いっつも悪いなぁ政宗」
「そう思うんだったら…」
「去年だっけ?一昨年?彼女とデートしてたのに来てくれたの。その子と別れたの俺のせいだよなぁ」
 人の話、聞けよ。そうは思いつつも政宗は肩を竦めるだけに終わる。
「10分の間に何十回も着信が残ってたら普通なんかあったと思うだろ。別に、左目が飛び出るかってくらいの平手をかまされてその場で別れ話になって、酔っ払って眠ったアンタと連絡がつくまで外で待ちぼうけくらってたくらいだ」
 小さな仕返しに大真面目な顔で言ってやれば、元親は頭を抱えて呻きだした。一応こちらがいつ見限ってもおかしくないことをしでかしている自覚はあるらしい。こたつに額を擦りつけている元親の、ふわふわと揺れる白銀に政宗は腕を伸ばした。掌に感じる柔らかい毛先にどこかくすぐったいような気持ちになる。無骨で大雑把なこの男には似つかわしくない、繊細な感触だ。短く切り揃えられているが気にせず無理矢理指先に巻き付け、逃げていく様をぼんやり眺める。元親は大人しく、されるがままで何も言わなかった。
 そろそろ気が済んで眠たくなったのだろう。布団を準備してやろうか。そんなことを考えていた時だった。
 元親がもごもごと不明瞭に何事かを呟く。聞き取れなかった政宗は腰を浮かせ、身を乗り出した。
「本当…すき、お前のそういうとこ。もっと触られたい」
 耳へ届いた言葉の意味を汲み取れず、政宗は瞬きを繰り返し小首を傾げる。
 触るくらい構わない。言おうか迷っている打ちに、顔を上げようとしない元親はさらに続けた。
「お前のとは意味が違うぜ。もっと、女々しくて取り返しのつかない感情だ。いつからだったか…あまりに自然とそうなったもんだからはっきりできねぇ。でも、彼女を置いてまで俺につきあってくれたと知ってああ優越感ってこういうことかと初めて思った。もちろん自己嫌悪もした。でも、それ以上に、嬉しかった。本当、しょうもねぇよ。最初は勘違いかと思っていつも通りいろんな奴と恋愛してみたけどきっと政宗ならこうしてくれる政宗の方がいいななんてことしか考えられなくなって、こうなりゃ重症だ。嫌でも認めるしかねぇだろ?俺は狡いんだよ。こうやって何とか理由を作ってお前のこと独占しようとするとんでもねぇ臆病者で、クソ野郎なんだ…」
 最後は力なく、濁って宙へ霧散していった。沈黙が辺りを支配する。
 普段なら気にならないのに今はどこか居心地の悪さが感じられた。どうしたものか。下手に動けず政宗が息を詰めていると、先に堪えられなくなったのか元親が間髪入れず口を開いた。
「すまん。忘れてくれ」
「アンタはそれでいいのか」
 思わず、反射で答えていた。
 政宗は力任せに握られた元親の拳へそっと触れる。大仰なほど元親は全身を揺すって見せた。そんなに怯えられても困る。声を低めてそう言えば、普段は真っ白な耳朶が段々と赤く染まっていった。
 この男の意外な可愛らしさ、もちろん嫌いではない。むしろ好感が持てる。
「だって気持ち悪いだろ。いきなり言われても」
「驚いたな、正直」
「女しか興味ねぇだろ。しかもすっげー好みうるさいし」
「うっせーよ」
 解けた隙を狙って政宗は元親の指に自身のそれを巻き付けた。緊張にしっとりと汗ばんだ皮膚は少し冷えている。やがて互いの体温が混じり、ぬるい温度を分け合うようになる頃には元親は唇を噛み締めて俯き、上半身を起こした。心なしかうっすらと涙ぐんでいるように見える。いくら眉をつり上げても迫力のない顔つきだ。
「それに同性との付き合い方わかるのかよ?」
「わからんな。そもそも友人の中から恋人を選んだことが一度もねぇよ。だが、No problem.」
 政宗は元親の真っ白な手の甲に唇を寄せる。ひぃ、と間抜けな悲鳴が降ってきた気もするが無視だ。振り払われていないのだから。
「そういうの全部、アンタが教えてくれるんだろう?」
 上目がちに訴えれば元親は大抵の頼み事を聞いてくれると政宗は知っていた。使わない手はない。
 ぷるぷると強張った肩を震わせていた元親はやがて脱力し、再びこたつへ倒れ込む。脳内に渦巻いているであろう疑問符が透けて見えるようだ。にやり、と一つ。政宗は無意識に口元を緩めていた。



「どうなっても知らねぇぞ…」
「今日はめでたい日なんだ。ちょっとくらいハメを外しても見逃してもらえるさ」
「くっそ…!メリークリスマス!」
















(2011/01/07)
年下にも年上にもモテモテな元親を政宗が落とす話でした。
まったく季節に乗れないのは最早仕様です。