スイーツはいかが
鼻歌でも歌いそうな勢いで、元親は上機嫌に銀色のボールの中身を掻き回す。しゃかしゃかと音を立てる泡立て器は、軽快に生クリームへ空気を含ませていく。キッチンに充満する香りが、カウンターに腰掛けている政宗の鼻腔を蹂躙した。エプロンを身につけ、料理に励む恋人の姿ほど目の保養になるものはないのだが、いかんせん、政宗は甘い物がそれほど好きではない。
ああ、せめてタルトだったなら。不毛なことを思う。
何故なら元親が一番好むのは、ごてごてにクリームを塗りたくり、ちょこんと真っ赤な苺を飾るショートケーキであって、それを口にする元親が見せる最高の笑顔が政宗の幸せそのものだから、だ。惚れた弱みとはこのことに違いない。不覚だ。
自然と頬は緩んでくるが、吸い込んだ空気が砂糖でも溶け込んでいるのではないかと思うくらい甘ったるくて、撃沈された。この調子だと、あと数日は匂いが染みつく。
それも愛しい人のためなら我慢しよう。準備しておいたブラック・コーヒーを勢いよく飲み下し、相殺する。
「もうちょっとかな〜」
元親はケーキクーラーに乗せたスポンジを指で軽くつつき、紺色のシンプルなデニムエプロン(先日送った、フリルがふんだんに使われたのは問答無用でクローゼットに押し込まれている)の裾を可愛らしく揺らした。政宗は危うく、コーヒーを噴き出しそうになる。無意識だから質が悪い。
ほとんど立て終わった生クリームへブランデーを垂らし、元親の鼻歌は止まった。顔を上げ、小振りな苺の入った皿を政宗の目の前へ置くと、笑いかける。
「これ、余ったから食べてくれよ。政宗はケーキ、一口くらいしか食わねーだろ?」
「どんなに好きでもホール単位でなんか食えるかよ」
「俺、甘いのならいくらでも食えるんだけどなぁ」
元親は小首を傾げた。
もう一度、スポンジの温度を確かめるとゴムべらを構え、ボールからふんわりとしたたっぷりの生クリームを持ち上げる。すすめられるまま一粒、赤い果肉に歯を立てた政宗は、それが跳ねて元親の手を白く汚すのを何の気無しに見ていた。
「やべっ」
慌てた元親が、おもむろに口元へ持ち上げる。
苺に負けないくらい、深紅の舌がクリームを舐めとった。柔らかな塊は自然に唾液と混じり、溶けていく。
途端、政宗の理性がぶちんと千切られた。
白く濁った舌を見せつけながら、元親は席を立った彼へ不思議そうな視線を寄こす。カウンターを回って近づいた政宗は、自然な動作で元親の腰に腕を絡め、唇を重ねた。
「ん!」
脈絡もなく始まったキスに戸惑い、元親は抵抗を見せる。離れようと身動ぐ身体を抱き込み、細い銀色の髪へ指を滑り込ませ後頭部を押さえた。政宗が含んでいた囓りかけの実をしばらく互いの舌で弄び、たまに歯を立て味わう。苺は元親の口腔で形を無くしてしまった。
政宗が口の端だけで笑うのに、元親の喉はごくりと鳴る。
「Did you like it?お前好みのとびっきり甘いヤツだ。いくらでも食えるんだってな」
政宗の指がボールから生クリームをすくった。目の前に差し出されたそれを、元親はいくらか躊躇して咥え、丹念に舌を這わす。無くなったら再びボールへ、何度か繰り返しては見たものの、ちっとも飽きる様子はない。
政宗が、ルーズに履き慣らされたジーンズへ手を差し入れ、尻の辺りをこれ見よがしに撫でると、元親は身体を強ばらせた。
どうやら、政宗の考えていることはとっくにばれているらしい。眉間に皺を寄せ、気乗りしない顔をする。
政宗は物ともしていない。代わりに、喉を鳴らして楽しげに笑った。
「さて。俺専用のデザートでもつくろうか」
(2007/06/09)
いろいろ悪ふざけした感が否めない(笑顔)
原案をほとんど生かせなかったのが悔しいです。が、エプロン着てクッキングするチカを書けたら、クリームプレイに至る前に満足してしまいました。不覚。