少年デイズ











 政宗と元親は幼馴染みだ。

 家が隣同士ということも合って家族ぐるみの付き合いも深い。互いの母親からは今でも、あなたのおしめは私が取り替えてあげたの青あざの位置だって覚えてるわだから息子も同然と思ってるのよ、と言われている。それを聞くたび決まって元親と政宗は、既に綺麗な肌色へ変わった自身の尻に手を当てたくなった。自らまじまじと見ることのできない場所を知られているのは、なんだか落ち着かない気持ちだ。  気が付けば、腐れ縁は二桁の年数を軽く越えるまでになっている。
 高校はそれぞれ別の学校に入学したが、二人の関係はなんら変わることが無かった。以前と変わらず互いの部屋を毎日のように行き来している。同じ食卓を囲むこともあるし同じ部屋で夜更かしするし、そのまま一緒に朝を迎えることもあった。
 思えば、二人とも若さ故の体力を持て余しているくせに部活へは所属していない。よっぽどのことがない限り真っ直ぐ帰宅する理由は詰まるところ、一緒に居たい、からだろう。腐れ縁だのなんだのと言いながら、結局のところ互いの隣が一番居心地が良いのだ。
 年頃の男子なのだから、もちろん下世話な話もする。女子の好みだの、どこからかくすねてきた雑誌を見てにやつくだの、至って健全だ。政宗はすらりと伸びた細い手足が好きだし、元親は女性らしい身体の膨らみが好きだ。
 政宗も元親も、容姿はそれなりに整っていて学内では否応なしに目立つから、女子からアプローチされることも少なくない。
 だがしかし。元親はともかく、政宗は或る困った問題を抱えていた。

 二段ベッドの上を我が物顔で占拠する政宗に向かい、元親は呆れた声音で呼びかけた。
「いい加減降りて来いよ」
「うるせぇ…」
「今回は、一体何をやったんだ?」
 急須から二つの湯飲みに、こぽこぽと交互に注ぎながら尋ねる。膝を抱えた政宗は微動だにせず、ぽつりと口だけ開いた。
「いきなり手ェ引かれて」
「おう」
「胸に押しつけられたかと思ったら顔がものすげえ近くにあったから」
「…それで?」
「思わずローキックかまして逃げてきた」
 元親は盛大な溜め息を吐かざるを得ない。
 件の女子はおそらく、最近よくメールを遣り取りするようになって何度か外へ一緒に出かけたと報告していたあの子だろう。なんてついてないんだ。他人事ながら、元親にはその女子の気持ちを察して余るところがある。きっと政宗の鈍さに焦れて行動を起こしたに違いない。
 だが、そこには誤算がある。
 何を隠そう、政宗は女子に触れられるのが何よりも苦痛なのだ。
ざわざわと足先から気持ち悪い感触が駆け巡り、振り払ったりひねり上げたり、あまつさえ今回のように蹴りすら放ってしまったりするのだと言う。その後は申し訳なく思いながらも一目散にその場から逃げる。噂は否応なしに広がるだろうに。それでも政宗を狙って近寄ってくる女子は減らないというのだから、彼女らの根性は凄まじい。怖い物知らず、というやつなんだろうか。
 一度で良いから、逃げ帰る必死な政宗の形相を見ればいいと思う。彼に対して抱いていた理想なんてものを軽く破壊し尽くしてしまうだけの威力がある。
「好みの女だったのに…」
「その子だってまさかお前から蹴られるとは思ってなかっただろうよ」
 うう、と低く唸り項垂れた政宗はごろりとその場に寝転がる。せっかく茶を準備したのに、冷めるではないか。ごろごろと転がる政宗を見上げながら、元親は自ら茶請けに出したせんべいを噛み砕いた。
「大体、なんで女が駄目なんだ。グラビア好きだろ?よく鼻の下伸ばして見てるじゃねぇか」
「そりゃあ、雑誌だと生身と違うだろうが。なんつーの、現実味がないっつーか」
「やべえ。その発言はお前、やべえよ」
「うるせぇうるせぇ!」
 耳を塞いでゴロゴロと、政宗はなお一層転がってみせる。
 もう何年もこうだ。政宗は未だに女子とまともに付き合えた例がない。なんとか交際までこじつけたとしても、それ以上を求められたらお終いだからだ。いくら好みの女でも無理矢理触れてこようとしたら最後、烈女にしか見えなくなるらしい。
 難儀な野郎だ。元親は独りごちて湯飲みを啜った。
「本当に、何で、俺は…」
 その声音が弱々しく、しかも濁ってきたように聞こえたからぎょっとした。泣かれたら厄介だ。泣き止ます術を持ち合わせてはいない。
 とりあえず慌てて、こっち来い、と呼び寄せた。政宗は大人しくすごすごとベッドを降り、項垂れたまま元親の元へ寄ってくる。どうしようか。思いついたまま、目の前の頭へ手を伸ばしてみる。元親の手に対していくらか小さいそれは、幼い頃から感触が変わらない。じんわりと温かく、くしゃくしゃ掻き回すにはちょうどのサイズだ。いつもよりやさしく、宥める意味を込めて数度撫でつける。
 しかし、元親は直ぐさま後悔した。
「…お前のなら平気なのにな」
「てめえエエエ」
 元親の逞しい胸を鷲掴みにし揉みしだく政宗の至って真面目な顔に、元親は問答無用で固く握った拳をぶち込んだ。



 昔、元親は今の姿から想像が出来ないほど線が細く病弱だった。格好もまるで女の子のそれで、当時のアルバムを見返すとひらひらとしたスカートを笑顔で身につけた自分がいる。男のくせに、とかそういう疑問はどうやら感じなかったらしい。
 その隣には大抵、俯いた政宗が写っている。
 そういえば、この頃から政宗は女性を前にするとはにかんで、直ぐに母親の後ろに隠れてしまうような子どもだった。子供心にも周りと違う右目を恥じていたし、自身へ向けられる好奇の視線を敏感に感じ取っていた。賢い子だったのだろう。
 同じく片目を隠した元親と初めて顔を合わせた時、政宗は黙って包帯の上から元親の顔を撫でた。驚いたが、身を任せてしまいたいくらい心地良かったのを今でも覚えている。それから二人は、互いにかけがえのない存在となったのだった。

 ならばどうして、とさらに疑問は深まる。
 女の格好をした元親は平気なのに、女そのものが駄目なのはどこに原因があるのだろう。
 しつこく諦めない、粘着質なところ?いやいや、世の中の女子がすべてそういう性格なわけがない。清楚で大人しく、そういうのとはおよそ縁がなさそうなタイプと親しくなったことがあるとも聞いたことがある。この線は薄い。
 無駄に柔らかいだの、折れそうなほど細いだのよく言っているから、単純に体つきが駄目なのだろうか。
 それが原因だとしたら、その一端は自身のせいだと思う。いくら女の格好をしていても、男である元親の体は柔らかくもないし細くもない。無意識であっても政宗がそれに慣れていたとしたら。元親は口元を引きつらせる。
 俺はとんでもない性癖を政宗に植え付けてしまったのかもしれない。
 嬉々としてひらひらした服を着せていたであろう母親をこの時ばかりは恨めしく思った。もちろん、満更でもなくそれを着ていた自身にも。



「なんだって?」
「だ、か、ら!」
 週末、元親の部屋で寝転がる政宗から漫画雑誌を取り上げ、元親は声を張り上げた。
「俺は女じゃねぇぞ」
「当たり前だろ?何言ってやがる」
「ちがう、ああもう!」
 しまった。どうせならきちんと伝えなければならないことをまとめておくんだった。要領を得ない話に、政宗が不機嫌になっていく。同じくらい、気の短い元親もつられてイライラしてきた。
 普段はおそろしく頭が切れるくせに、たまに見せる鈍さが憎い。
「昔の俺なら着飾ってもまだ見れたかもしれないが、今の身体じゃ格好がつかないだろ」
 口にしてから、改めて惨めになってきた。なんでこんなこと、わざわざこいつの前で言わなくちゃならないのか。しかも自覚がない。
「俺を基準に女を選ぶなよ」
 言ってから、しまった、と思った。これじゃまるで前の彼氏に忠告する彼女みたいだ。いや、性別はいろいろと間違えているのだけれど。前も何も、元親と政宗が付き合った事実はないのだけれど。痴話喧嘩にもなりやしない。元親は顔を歪めて後頭部を掻いた。
 対する政宗は、意味を飲み込めていないのか眉間に皺を寄せて睨みつけてくる。さっぱりわかっちゃいないのだろう。
 腹が立つことこの上ない。元親はやけくそになって声を荒げた。
「お前はなんてやっかいな性癖もってんだよ政宗!」
「な!」
「あーやだやだ、俺付き合ってらんねぇ!」
「何なんだよ今更!」
 いきなり癇癪を起こした元親に、政宗はいくらか戸惑った様子で噛みつく。しかし、政宗の困った性癖など元親の知ったことではないのだ。あくまでこちらに被害さえないのであれば、の話だが。





 元親は後悔することになる。
 この後、政宗から、
「俺、ずっとお前のことしか見えてなかったのかもしんねぇ」
と告白されたからだ。
















(2008/09/25)
イベントで無料配布したコピ本です。