ワールドエンド











 確かに、言った覚えはあるけれども。

 政宗はつい一週間前の記憶を頭の片隅から掘り起こす。その日は一日だけの短期で引越のバイトを入れていた。仕事内容に迷ったのだが、何せ今月の家計は火の車。働かなければ食っていけないのだから仕方ない。元親も工場へ派遣される予定だった。肉体労働は手っ取り早く金に還元されるからその日暮らしの身にはありがたい。
「いいなー」
 朝食をかきこみながら元親が呟いた。視線の先を見やれば、テレビではリポーターが笑顔で寿司を頬張っている。どうやら回転寿司チェーン店の特集らしい。
 自分も食べながら羨ましがるとは、器用だ。
 茶碗に残る最後の一口を放り込み、政宗は手を合わせた。片付けて家を出ればちょうどいいくらいだろう。咀嚼し飲み込んで、政宗は台所へ向かった。
「寿司か。しばらく食ってねぇな」
「な」
「食いてぇな」
「おう」
 そんな遣り取りだった気がする。後はいつも通り。いってくると家を出て、仕事を終わらせ帰宅して泥のように眠った。
 そしてやってきた、今日。
 玄関先で立ち尽くした政宗の手から買い物袋が滑り落ちる。

「おかえり!」
 部屋の奥から元親がひょっこり顔を出した。
 政宗はしばらくなんと言っていいものか考え、玄関に繋がる台所の廊下を占拠する謎の機械を指さしながら口を開く。元親が工具を握っているからどうやら調整をしているようだ。あまり詳しくない政宗には一体何を目的に作られたものなのか、よくわからない。わからないのなら素直に聞くに限る。
「これ、なんだ?」
 元親が得意げな笑みを浮かべた。
 一瞬、きらきらと周りへ星が散っているように見えたのは幻覚だろうか。
「回転寿司マシーン!」
 なるほど。この、部屋から廊下まで続いている輪状に設置されたベルトコンベアに乗って寿司が回るのか。ということはコンベアの中心にあるスペースは職人が調理する場所だろう。店で見かけるものと大差ない。
「本当は水回りの設備もきちんと整えて、独立したキッチンにしたかったんだけど…」
 いや、十分すぎる出来だ。
 腕を組んで反省を始めた元親へ、政宗は声には出さず密かに答える。
「どこからこんな?」
「仕事場の人らに家で回転寿司やりたいって設計したの見せたら全面的に協力してくれてさ。なかなかだろ?」  時折、突拍子のないことをしでかす男だとは思っていたが今回も予想の斜め上をいってくれた。政宗は軽い眩暈すら感じている。
「で、買ってきてくれたか?」
 帰宅途中、元親から珍しくメールが入っていた。内容は非常に簡潔で、寿司買って来い、ただそれだけ。首を捻りつつもちょうど冷蔵庫が空で買い物をしなければいけなかったら、今日の夕飯はたまに贅沢して寿司にするかと政宗は軽い気持ちでスーパーに寄った。
 まさか、1K六畳和室一間のぼろアパートの一室が回転寿司屋になっているとは誰も予想は出来まい。
 政宗は身を屈め、買い物袋を漁った。期待のこもった元親の視線が痛い。無言で購入してきたものを取り出し、目の前に掲げる。元親が息を飲んだ。
「ち、ちらし…」
「言い訳してもいいか。もし、こんな機械が準備されてると知ってたら迷いなく握りの方買ってきてたぜ?」
「ちらし寿司は回らねぇだろ…」
 項垂れる元親との間に重苦しい沈黙が流れる。
 何も知らなかったのだから責められるいわれなどない。政宗は思うものの、サプライズを計画していた元親の気持ちは察して余りあるものがあった。こんなにも落ち込んでいる姿、見たことがない。
 政宗は頭に手を差し入れ、掻きむしった。
「…たまごの握りなら、作れるぞ」
「本当か?」
 元親の表情がぱぁっと目に見えて明るくなる。こんなことで喜んでもらえるならおやすい御用だ。せっかく製作してもらったのだから使わずに廃棄するのも勿体ないだろう。



「食べたいっつって自分で作るのか…」
「作っても良いけど俺にはちらし寿司が限界かな」
















(2011/11/10)
スパークで配布したペーパーです。「きみの世界で」の番外編になります。
噛み合わない二人が好きです。