蛍火
*俺屍パロです。
いいもん見せてやるから夜、部屋で待ってろよ。
特に用事もなかったので言われた通り、自室で待機していた政宗は約束通りやってきた元親によって、半ば無理矢理外へと連れ出された。ちょうど夕餉を終え、一族の皆が一息つく頃。政宗と元親の二人はこっそりと屋敷を抜け出した。
「見つかったら大目玉だぞ」
「大丈夫、大丈夫」
夜の勝手な外出は許されていない。
異論がないわけではなかった。けれども、悲願を果たすためには時に厳しい規律が必要なことも痛いほどわかっている。
政宗や元親たち、一族にかけられた呪いは二つ。
二年足らずで寿命が尽きる短命の呪い。
子を為すことができない種絶の呪い。
呪いから解放される方法は、京の都各地で暴れる朱点童子を倒すしかない。
先代も先々代も叶えられずにきた悲願だった。
「ばれなけりゃ平気だって」
「俺は当主に雷落とされるなんて御免だぜ?強引につれて来られたって言うからな」
「うるせー。なら、なんで断らないでついてきたんだよ」
咄嗟に答えられず、政宗は口を噤む。わざわざ自身を選んで誘ってくれたのが嬉しかったなんて。本人に直接言える筈がない。沈黙をどう受け取ったのか。元親は上機嫌に頷き、先を歩いた。舌打ちをして政宗も後に続く。
屋敷から少し離れた山に分け入り、沢へ続く細道を下っていく。梅雨が終わった初夏。まだ盛りは迎えておらず、暑苦しさに悩まされないで済む。
「いいもんってなんだよ」
「ついてくればわかる。お前にどうしても見せたいものがあるんだよ」
さっきからそればっかり。政宗は密かに、ため息を吐いた。
と、元親が突然立ち止まる。隣へ並んだ政宗は倣って足を止めた。瞬間、驚くほどの速さで背後に回った元親の大きな掌によってすっかり視界を塞がれてしまう。
「なにしやがる!」
戸惑う政宗を引き摺り進む元親は、今にも鼻歌を歌い出しそうだ。
しばらく歩いてふと、川の匂いがすることに気がつく。蛙の鳴き声に紛れてせせらぎの音も近づいてきた。そういえばここの山では綺麗な湧き水が飲めることで有名だった。
「着いたぞ。心の準備はいいか?」
元親の掌がゆっくりと離れていく。
徐々に開ける視界に映ったのは無数の小さく、淡い光が宙を舞う光景。それは一定の間隔で明滅し、気ままに葉や草へとまり再び飛び交った。夜闇に浮かぶ鉱石のような輝き。幻想的な光景に政宗は思わず息を飲んだ。
「これが、蛍?」
「ああ。初めて見ただろ。こら、触るなって」
好奇心に勝てず、腕を伸ばしたところを元親によってあっさりと阻まれた。異論を唱えるよりも先に、困った風に眉を下げられると政宗は黙るしかない。
「触ったら弱っちまう。ただでさえ、こいつらは一週間くらいしか生きられないんだぜ」
たった、一週間。
政宗は元親の手を乱暴に払った。きょとんと呆けた表情と目が合う。
「己より哀れなものを見つけて安堵するのは好かねぇ」
「違うっての。どうしてお前はそうやって捻くれた見方ばっかするんだよ」
がしがしと後頭部をかいた元親は悲しげに目を伏せた。政宗は眉を顰める。
わかっているのだ、元親に他意などないことを。そして素直に謝ることのできない自身はまた元親の優しさに甘えて誤魔化してしまう。
項垂れる元親の頬へ腕を伸ばし、そっと指先で触れて顎をすくった。大人しくこちらを向いたので政宗は密かに胸を撫で下ろす。揃って無言のまま、顔を寄せて口づけた。何度も啄む内に、気がつけば胸ぐらを掴まれ強請るように引き寄せられている。政宗も元親の広く逞しい背へ腕を回した。
「一瞬だけだとしても、でも、綺麗だろ」
「ああ。とても」
(2012/07/08)
翔さんから【蛍狩り】でお題をいただきました。
元親が麦わら帽子と虫取り網を装備して「蛍狩りじゃー!」と意気込んでいるのが一番始めに思い浮かびました。