*サンプル
「正気かよ…!」
数キロ先の丘に居る集団の手元には鈍く光る銃口。
引き金へ掛けられた指には力がこもり、日中でも視認できる程の火花が殆ど同時に眩しく散ったのがわかった。マズルフラッシュだ。
政宗がテーブルを蹴り倒す。二人は素早くその陰へ隠れた。
次の瞬間、容易く壁を貫通した銃弾が大量に飛び込んでくる。
息つく間もなくありとあらゆるものが抉られ、削ぎ落とされていく光景を元親は頭を両腕で抱えながら見た。こりゃあひでぇな。隣で蹲る政宗はケタケタと笑っている。
「こっちは泣きてぇ気分だよ!」
粉塵が舞う中、穴だらけになった扉が唯一の入り口で頼りなく開閉するのが見えた。いつまでもここへ留まっていたのではじり貧になるだけ。少しでも遠い部屋へ避難した方が懸命だ。くい、と向こうを顎で示すと政宗は小さく頷く。銃弾の勢いがおさまったのを見計らって二人は身体を屈めて奥へ下がった。
「どうしてくれるんだ。この家気に入ってたんだぞ」
「また買えばいいだろ?」
元親は鼻の頭に皺を寄せ、不機嫌を露わにする。そんな簡単に出来るんだったらどんなにいいか。つい苦虫を噛みつぶしたような声音になったが、政宗は尚も笑うばかりだった。
風を切る間抜けな音がする。
政宗と元親は、ぎこちなく顔を見合わせた。この音には聞き覚えがある。ロケットランチャー。どちらともなく呟き、慌てて立ち上がった二人はさらに奥へと走り出した。
「こっちだ!」
元親が開け放った隠し扉の向こうには地下に続く簡易的なエレベータが備えられている。
転がるように乗り込み、レバーを引き下げたのとグレネードがぶつかり、破裂するのとはほぼ同じタイミングだった。爆音が耳を劈き、熱風が柔な人間の肌を焼き尽くそうと襲ってくる。
寸前でそれらをどうにか避けた二人はエレベータを降り、狭く暗い通路を手探りで進んだ。
「水の匂い…」
「ご名答」
元親がここをアジトに決めたのは、地下に水脈があって潜れば別棟とさらにはすぐ傍の湖と容易に行き来ができるからだった。万が一を考えてのチョイスだったが、まさか本当に役立つ日が来るとは思ってもみなかった。脱出口に嵌め込まれた鉄格子を外す。
「ひとまずこの建物から脱出するぜ。酸素ボンベを背負い忘れるなよ」
「…元親」
「なんだよ」
既にボンベを装備し、入水した元親は立ち尽くす政宗を見上げた。ミシミシ、バキバキとあるまじき音をたてて建物全体が揺れている。腹のあたりにくる轟音と高く波打つ水面からもここはそう長く保たないことは明白だった。
「泳げない」
怪我のせいなのか、政宗の息はまだ整っていない。
「…は?」
「だから、泳げない。かなづちだ」
うそだろ、という元親の声は新たに起こった爆風にかき消された。圧倒的な熱量が次々と誘爆を引き起こす。時間がない。崩壊間近の建物に留まる趣味は元親にはこれっぽっちもなかった。
「そんなことはよォ、聞いてねぇんだ」
伸び上がって政宗の腰元あたりをひっつかまえる。政宗が一層顔色を青白くしたのは何も怪我だけのせいではないだろう。
元親は獰猛に頬を歪めた。
「つべこべ言わずにとっとと来い!」
体重を乗せて力任せに引き寄せると、バランスを失った身体は盛大な水飛沫を上げて落っこちてくる。もがきながら顔を出したところに半ば無理矢理レギュレータを噛ませた。荷物になる自身のボンベは既に脱ぎ捨てている。
「いいか、これから潜るからな。地下水路を通って別棟に移る。俺が引っ張って泳いでやるからお前は力を抜いてるだけでいい。さすがに素潜りは厳しいから俺にも分けてくれよ。これ、外しても絶対に慌てるな。呼吸を止めるのはほんの少しだけだ。すぐ返すから」
もがもがと政宗が不明瞭に何事か言っているようだが聞こえないふりをする。
「暴れたら、置いていくぞ」
元親は肺の中の空気を吐き切り、ありったけ息を吸い込んだ。腰が引けている政宗の首根っこをしっかりと捕まえて水中へ潜る。