*サンプル
月曜の一限、政宗のクラスは元親が担当している数学である。生徒らは皆、週明けのこの時間が訪れるのを怖れていた。毎回決まってミニテストが実施されるからだ。
政宗は解答の済んだテスト用紙を抱え、廊下を進む。
目的地はB棟三階の端、面談室。元親は、教室の中央を陣取っているデスクで、ノートパソコンと向き合っていた。
「何やってんの」
「締切間近のがあってな…」
凝り固まった肩を解すため、背を伸ばしながら間延びに元親は答える。それから思い出したように、うむ集配ご苦労、なんておざなりに労られてむっとしてしまうのは、自身の心が狭いからだろうか。
「はい、どーぞ。センセ」
出来るだけ嫌みたらしく言葉を紡いでみた。一応揃えられていた用紙たちも、デスクに叩きつけられた衝撃であちらこちらバラバラに角が出てしまった。
元親はひょいと肩を竦める。
「なに拗ねてんだよ。政宗」
「だって、俺の方さっぱり見てくれなかったし」
半分は冗談、本気で不満に思ってなどいないけど。
学校での振る舞いを苦痛に感じたことは、殆どない。ただし、元親の存在がひどく遠くへいってしまったような、自身が取り残されてしまったような感覚を味わうことがある。
器用に片眉だけ持ち上げる元親には、そのもどかしさが通じたようだ。
「授業中、お前だけ見たら不自然だろー」
タイピングを止めて、元親が振り返る。
こうしてささやかながら独占することが出来れば気が済むのだから、つくづく自分は単純な作りをしていると政宗は思う。歩み寄り足下にしゃがんで、元親が髪を梳く心地良さに目を細めた。
「なぁ。それ、いつまでなんだ」
「今週中に終わればいいんだけどよ。最悪、週末は…悪ぃ」
「いい。後で埋め合わせしてくれるなら」
「げー。まぁそうだよなー。誘ったのは俺だし」
「…。別に、無理して欲しいんじゃなくて」
「わかってるって。そうじゃなくて、俺もお前の前でかっこつけてたい訳よ」
な、と締めて頭を掻き回される。そのまま、政宗は抱えた膝の間へ視線を落とした。
「アンタはかっこいいよ」
「ん。ありがとな。政宗」
これまで散々情けない所もしょうもない所も見せてきた政宗としては、少しくらい元親も寄り掛かってくれていいじゃないかと思っている。なのに、そんな言葉を返されてはどうしていいか分からなくなるのだ。
対等でいたいと願うことは、おこがましいのだろうか。なんて、捻くれた考えに囚われることも少なくない。
「…伊達。教室に戻りな。授業が始まるぞ」
無情にも予鈴が鳴り、触れていた掌が離れていく。温かさに慣れた皮膚が居心地の悪さを訴えた。
俺をたよれよ。元親。
廊下には未だ生徒らが出歩いており、些か騒がしい。ぱたりぱたりと靴裏を鳴らし、特に急ぐでもなく、政宗はクラスへと歩を進めた。
日曜から土曜までの一週間、こんな感じで続いていきます。