*サンプル
漆黒の空に金色の満月がよく映える。
見事だ。思わず漏れた政宗の呟きに、元親は静かに頷いた。
ここは四国。政宗と元親は宴がお開きになった後、元親の自室へ場所を移し改めて酒を酌み交わしていた。四国の酒は美味い。奥州のものと比べて辛口だが、すっきりとした口当たりなので杯が進む。
「ほら、最後の一口だ。大事に飲めよ」
「Thanks.アンタの一口は随分とでかいな」
「土佐の男を舐めんじゃねぇって」
政宗はなみなみと注がれた杯をちびちび傾けていく。対して元親はというと、ぐい、と一気に煽った。さすがに飲み慣れている。清々しい飲みっぷりだ。
元親はじっとこちらを見つめている。どうやら、政宗が飲み終わるのを待っているらしい。これではゆっくり味わうことができない。政宗は元親に倣って、喉を反らし中身を飲み下した。ことり、と丁寧に盆へ杯を置く。喉がかっかと熱を持った。
それを見届けた元親は待ってましたと言わんばかりに身を乗り出してくる。
「よし、やるか!」
なんのことだ。政宗の戸惑いを余所に、夢の中の二人は会話を続ける。
「アンタ…もっとmoodっていうもんがあるだろ…」
項垂れた政宗の声音は完全に呆れた響きを含んでいた。しかし元親はまったく堪えていない様子で肩を竦める。どこか楽しそうにさえ見えた。
「よくわからんが、俺に求めるなよな」
「そういう問題じゃ」
「それとも…」
お前が手本を見せてくれるのか?
意識的に低められた元親の声が耳朶を擽っていく。どきり、と心臓が大きく拍動した。いつの間にか膝が触れ合うほど距離が詰められている。元親の武骨な指先が酒で熱の上がった頬をそっと撫でた。
政宗は甘えるように小首を傾げて擦り寄り、流し目を送る。
「手本、ねぇ」
ここまできて察せないほど政宗も初心ではない。ぎくり、と夢の中には存在しない自身の身体を強張らせる。
政宗と元親は、そういう間柄だったのだ。
呆然とする政宗の意識を置き去りにして、政宗は元親の腕を捕らえ、強く引き寄せる。元親の身体は殆ど抵抗することなく、政宗の胸へ倒れ込んできた。
淋しかった、すごく。
きょとんとする元親のこめかみから白銀へ手を差し入れる。もう一押しだ。
「こうして、ずっと、触れたくて仕方なかった。やっと逢えた…もとちか…」
とびきり甘えた自身の声に立ちそうになる鳥肌を気合いで押さえ込む。その甲斐あって効果絶大のようだった。
元親の頬や首筋はみるみる真っ赤に染まっていく。ざるを通り越して枠である元親がたったあれだけの酒で酔うとは思えない。俯き、額に手を当てている様子から気恥ずかしさを感じているのだとわかる。
さらに政宗は元親の顔を覗き込み、そっと唇に自身のそれを重ねた。少しだけかさついた皮膚を一舐めし、離れる。
「ったく。降参だよ。どこで覚えるんだ、そういうの」
「アンタのことばっか考えてるからな」
元親は腕を顔のあたりまで持ち上げ掌をこちらへ見せた。そしてそのまま、政宗の首へ巻き付ける。ぐい、と力がこもり距離が詰められ、口づけてしまいそうなほどの眼前で元親が囁く。その瞳は慈愛で満ちているのがわかった。
「俺だってお前のこと、好きで好きでたまらねぇのに…」
今度は政宗が眼を丸める番だった。ふと頬を緩め、逞しい背に腕を回して抱き締める。
「充分アンタはかわいいよ」
「ここは嬉しがればいいのかね」
どちらからともなく、ふふ、と吐息だけの笑みが零れた。
瞼を下ろし、再び唇を重ねる。