二人夜
久方ぶりに感じるとてつもない脱力感に、政宗は抗う気が起きなかった。それでも眠りにつくには目が冴え過ぎている。傍で同じく疲れた顔をして、手足を投げ出している元親もそのようだ。どちらからともなくゆっくりと腕を持ち上げ抱きしめ合うと、互いの生温い肌に鼻をすり寄せた。
しばらくして、政宗はそのままの体勢で口を開く。まるで元親というより、元親の肌に尋ねているようだった。
「なぁ。聞いてもいいか」
返事を返すのも億劫だ。だいたい、がさがさになった喉では自由がきかないだろう。
元親は、代わりに頷いてみせた。が、本題はなかなか切り出されない。
「…政宗?」
案の定、声は嗄れた。
それでも政宗は黙ったまま。焦れた元親が腕をまわしていた背中に爪を立てると、圧し殺した笑いを零し、苦笑顔を見せた。さらに睨みつけたなら、いよいよそれは濃くなってなんとも居心地が悪くなる。
元親はいたたまれなさに負け、ふいと視線をそらした。
政宗にとってはかえって好都合だったようだ。肩口を鼻先でかき分け、大きく息を吸うと安心したように同じ分だけ吐き出した。
「if、もしも仮に、の話だ」
調子は呟くように、しかしいくらか早口。
「俺がアンタと触れあう手足をなくして、アンタに突っ込むナニをなくして、アンタを見る唯一の目ん玉をなくして、アンタの温もりが忘れられない肌をなくして、アンタと絡ます舌をなくして、アンタに呼ばれたいと待ち望む耳をなくして、アンタをアンタだと理解する頭すらなくしても、俺はまだアンタを求めることはできるのか?」
元親は、誰もいない部屋の角をじっと見つめている。
会えない時間は予想していたより遙かに長く感じた。そんな風に言えれば、どれだけ良かったろう。実際には、片付けても片付けても終わりの見えない一国の主としての地位に忙殺され、相手のことを想う瞬間など微々たるものだった。せめて夢逢瀬、なんて考える間もなく疲れた身体は、何よりも泥のように眠ることを欲した。会う約束も、たまる一方の書状を読み進める合間に交わしたものだから、実を言うと出発の前日まですっかり抜けていた。
自分の薄情さに、ただ目は丸くなるばかり。それでもいざ会えば、愛おしくてたまらないものだから、再び目を丸くするしかない。
土産話を肴に、大人しく酒を飲み交わしていたのも最初だけ。後は互いの着流しを待ちきれず剥ぎ取り脱がせ、これでもかというくらい脚を開いて、声をあげて、締め上げて、放って。やっと理性が戻ってくると、言い表すには難しい満足感につい身を震わせた。無意識のうちに唇は歪み、政宗には、なに笑ってるんだよ、と言われてしまう。そう言う自分も、楽しそうなくせに。
「お前がいて、俺がいるのなら」
存外、元親の声は響いて届いた。唇を耳に寄せ、囁いているせいだ。
「お前こそどうだよ?お前が梳いてくれる髪をなくしても、お前に突っ込まれて揺すられる穴をなくしても、お前の匂いを覚えた鼻をなくしても、お前と口づけあう唇をなくしても、お前に弄ばれて啼く喉をなくしても、お前と俺を繋ぐこの奇妙な縁をなくしても、お前をお前だとわからないまま抱かれても?」
なんて、愚問。間髪入れず、答えは返ってくる。
「アンタがいて、俺がいるなら当たり前だ」
元親はその答えに満足したようで、政宗の背に浮かぶすっかり冷えた汗を拭った。口から出てくるのは、悪態にも似たぶっきらぼうな言葉。
「馬鹿馬鹿しいだろ。今度言ったら殴るからな、気をつけてくれ」
「あぁそうだな」
情事の後はいけない、疲れているせいか、涙腺が脆くなってしょうがないのだ。
(2006/03/03)
そしてそのまま抱き合って。