無垢に触れる指先
片目が欠けたあの日。政宗は視界が狭まったことよりも、生きていてよかった、こんなにも苦しいのはもう御免だ、と強く思ったのだった。しかし周囲といったら、右目がなくなったのならば世界が半分失われたも同然とばかりに嘆き悲しむものだから、不思議で不思議でならなかった。片目を失っても見えるものは見えるのだ、それほどまでに落胆することはない。熱に浮かされた頭で考え、再び深い眠りについた遠い記憶がある。
今、思えば。あの時失った半分の世界は、自身にとって最も近しくあたたかなものだったのかもしれない。
右目を覆った眼帯を外せば、元親は眉間に深い皺を刻む。
もちろん哀れみや蔑みからくるものではない。知り合って間もない頃、本人から直接そう聞いた。その言葉に嘘偽りがないことをなぜか政宗は素直に受け止められたのだった。
「Ah?アンタ、まだ慣れないのかよ」
「仕方ねぇだろ。こればっかは」
向かい合い、互いの着流しを脱がすついでに元親が眼帯へ手を伸ばしたというのに。ぎゅうと顰められる顔に、政宗は小さく笑ってしまった。
「ちくしょう」
「何も言ってねぇだろ」
「うるせえ、うるせえ!」
元親は殆どむしりとるように政宗の眼帯を奪うと、そこらへ放り投げる。そしてそっと、先程の荒々しさとはかけ離れた手つきで露わになった右目へ触れてきた。政宗は静かに目を伏せる。
傷跡を見てるとこっちまで痛くなってくる、のだそうだ。元親のような男がまさかそんなことを言うとは思わなかった。政宗自身、当時の痛みを朧げにしか覚えていないくらいの古傷だ。しかし、元親は政宗が過去に負った痛みを思って顔を顰める。
この湧き上がってくる何とも言い難い感情は一体何なのだろうか。ただ、少しだけ愉快だ。
元親が強張らせた指先で触れるか触れないかぎりぎりを撫でさする。いくら触覚が鈍くなっているとはいえ、しつこく続けられると流石にくすぐったい。振り払っても良いのだろうが、あまりに優しい手つきを無下にする事は出来なかった。政宗はそっと元親を窺い、温かな掌に擦り寄る。怯えるように肩が跳ねるのがわかった。
「痛くねぇよ。もう」
そう告げると、一瞬呆けた後、決まりが悪いのを誤魔化すように元親が笑う。
「そういうのでもないだろ」
「なら何だってんだ」
「わかんねぇけど…」
政宗の後頭部に回された腕に力がこもり、引き寄せられた。至近距離にある元親の肌は相も変わらず、まるで体温がないかのように生白く滑らかだったが、触れると誰よりも熱いことを知っている。これからその熱を独占できると思えば、政宗は早くも満たされた気分になった。
「好きだ」
「なんだよそれ?」
それ以上言葉が続かず参った様子の元親を力任せに抱き締める。もう、何も必要なかった。
(2009/10/13)