鴉に告ぐ











 この傷つき汚れた身体が土に還ったなら、必ず熱さと別れなければいけないのだろうからどうしても哀しみはやまなかった。胸は止め処なく濡れそぼつ。
 最期の瞬間に想ってくれないか、それだけで充分だ。闇にのまれる恐怖も無念さも知らないで、それこそ微笑んで逝ける気がする。言ってみたら、やはり彼はいい顔をしなかった。
 いつでも想っていよう、たとえ何に分かたれようとも。
 代わりに返ってきた言葉に不覚にも、どきり、と高鳴ったのは秘密にしておく。





 佐助は寝苦しさを感じて目を覚ました。まわされた腕がひどく熱い。
 まだ育つ気なのか、この人は。眠る幼子の身体が温かくなるのは背をのばすためだ、と聞いたことを目の前にある寝顔を見て思い出した。
 幸村の体温は、高い。いくら冷水に手を浸しても、しばらく経つと苦もなく暖まった。それが羨ましかった。佐助は一度冷えるとなかなか体温を取り戻せない。幸村とは違い、魂が凍みてしまっていると暗に言われているようで、嫌だった。
 じわり、と触れあった肌に滲む汗。どちらがかいたか、混ざり合った今わからない。
 そういえば、幸村の傷痕は巡る熱き血潮を透かしているのか、他人より赤く見える。酒を飲むと殊更目立って独特の色気を見せた。佐助が面白がって閨でなぞっていると、始めは不思議そうに小首を傾げ、しかしされるがまま黙って身を任せる。あまりに長いこと続けていたらその手を取られて、口づけられた。
 傷、といえば。
 幸村は佐助の傷まみれの身体を見るとよく泣く。特に、戦以外で刻み込まれたものには滅法弱かった。どの任務でついたかなんていちいち覚えていたらきりがないし、武士でもないのだから勲章代わりの傷なんてあり得ない。もし記憶しているのならそれは、悪趣味極まりないことだと思っている。だから佐助が返せるのは、生返事くらいしかない。お互い着るものも着ずに向かい合っているのは、なんだか可笑しくて笑えた。
 そうこうしていると幸村の、あの真っ直ぐな瞳からぼろり、涙の粒が唐突に溢れる。ぎくりとする間もなく、きつく抱きしめられた。
「すまない」
 まるっきりの的はずれだ。どうしてあんたが謝るんだ。佐助が指摘すれば今度は、泣くなと言われる。
「泣いているのは旦那だろ」
「泣くな、佐助」
「…それはこっちの台詞」
 お互い泣くな泣くなと繰り返す内、いつのまにか眠りに落ちてしまった。幸村の肌は熱い割に心地が良かった。少しでも分け与えてもらえたらいいのに。融かしてくれたらいいのに。





 あちらこちらに思考は飛び、気が付けば幸村の額には、汗で髪が張り付いていた。それをかきあげてやりながら、佐助は自分の唇が緩く弧を描いているのを自覚する。
 それなら、俺もあったかいってことか?この炎の化身のような幸村を暖められるくらいに。
 あどけない仕草で幸村が身動ぐ。目を覚ますだろうか、いつもはすぐ離れたがる自分が未だ留まっていることにどんな反応を示すだろう、考えて佐助は身体を強張らせていたが瞳が開けられることはなく。より一層引き寄せられ、またすぅすぅと寝息が聞こえてきた。
 佐助は無自覚に張りつめていた気を抜く。背に手をまわし、胸に耳を近づけると力強い心臓の鼓動が聞こえて、やたらと安堵した。その重さに堪えきれず下がってくる瞼。

 朝の鳥はまだ鳴いていない。もう少し、もう少しだけ。















(2006/05/14)
鴉よ、その喉裂いて二度と鳴けなくしてしまおうか。