Lord!
*学園設定ですがこのシリーズだけ伊達が生徒、元親が教師となっています。
尚、CPは変わらず伊達チカです。
一際ゆっくり歩みを進めながら、政宗はちくちくと痛む左目を手の甲で擦った。止まらない涙が渇いた皮膚を濡らす。今日一日中、ずっと視界が滲んだままだ。慣れてはいるものの、あまり気分はよろしくない。
片目というのは存外疲れるものだと、幼い時分に政宗は知った。
左に偏った視界も、伸ばした手が空を切ることも、これまで何度となく繰り返してきた筈なのに、時折この身に深く突き刺さる。ふと俯き、目に入った足下へ小さな雫が落ちる度、流したいと思って流すものでなくとも、何かが消費され、摩耗されていくのを感じた。不思議だ。ただ、生理的に身体が反応しているだけなのに。
今回のは厄介だな。尚も制服の袖で乱暴に拭いながら、政宗は独りごちる。昨日の晩から続く痛みは、まだ治まらない。
こんな時に使う点眼薬は、教室に置いたままのバッグの中だ。この状態で取りに戻るのは要らない誤解を受けそうだから、気乗りがしない。幸い、携帯は持ってきてあるから佐助か幸村にでも頼もうか。
そう思案していた最中だった。
「政宗」
低く掠れた声が呼ぶ。瞬間、無くなった右目にすら血の通う感触がして、好きだ。
一拍ほど置いて政宗は振り返る。水の膜が張った向こうで、息を切らした元親のたゆたう姿が見えた。その表情が、少しだけ歪んで見えるのは気のせいだろうか。どうしても瞬きを堪えることが出来なくて、うまく確かめられない。
「政宗…」
それきり、元親は口を噤んでしまった。何か言おうとはするものの言葉になる手前で飲み込まれる。
名を呼ばれるだけで、先程まで冷えていた指先が温まっていく気配がした。
目の痛みは相変わらずだったが、自然と口元が緩む。
「なんだよ?センセ」
「…とりあえず、そんな力任せに擦るな。余計、赤くなるぞ」
そう言って手渡されたのは、くしゃくしゃに折り目の付いたハンカチだった。
柄は変哲のない、暗い色ばかり集めたチェック。おそらく、数日ポケットの中に放られていたものだろう。政宗は、気が付かれないように眉根を寄せた。
頭上のスピーカーから耳障りな音量のチャイムが鳴る。
「なぁ。予鈴」
「わかってる」
苛立ちの矛先は、思い通りに伝えられない自分自身へらしかった。元親は腕時計を見、小さな溜め息を吐く。
「今日の放課後は?」
もちろんアンタのためなら、と即答すれば元親が肩を竦めて苦笑した。
「着いたら連絡する。いつもの、駅前のCDショップでいいか?」
「ああ。首長くして待ってる」
じゃあ決まりな、と慌てて遠ざかった大きな背中が、一度振り返る。何の気無しにそれを眺めていた政宗は、軽く首を傾げることで答えた。元親の口が、意を決したように開かれる。
「存分に、甘やかしてやるから、覚悟しろよ」
ちゃんと家には連絡しとけ泊まってくからって。
政宗が、ぽかん、としている間に彼は早口で捲し立てると向き直り、足早に廊下の曲がり角へと消えていった。
あまやかしてやる。
捨て台詞を反芻し、政宗はさらに首を傾げた。
「あ」
元親がやって来たのは屋上まで続く階段に唯一繋がる、一本道だった。政宗もつい先程まで屋上に居た。どうやら元親は後を追いかけてきたらしい。そして追いかけられた政宗の左目は一日、潤んだまま。差し出されたハンカチ。
そういうことかよ。微かに呟き、政宗は大声で笑い出したい衝動を覚えた。
視線を落とし、なんとか肩を震わせる程度で堪え、立ち去った元親の耳まで赤く染まった姿を思い出す。どうやら、こちらにとって都合の良い勘違いをしてくれているようだ。
「甘やかしてやる、ね…」
気怠い足取りは変わらなかったが、くく、と政宗は噛みしめた唇の間から笑いを溢した。
まさか今更。
佐助から借りたゲームに熱中していたせいだ、とは言えないよなぁ。
政宗は大人しく、ハンカチを当てて数度瞬きした。薄い布地の濡れていく感触が指越しに伝わる。不意に鼻腔を掠めた彼の匂いが懐かしく感じられて、これからの長い時間をもどかしく感じた。
彼に、元親にやさしく触れられたら。
削り取られ磨りへった何かも、元に戻るような気がする。
(2007/11/07)
いつぞや拍手で書いたものの続きです。
これ単品でも楽しんでもらえるだろうと踏んだのですが…どうでしょう。繋がっているのが拍手ログのどこかにあるので探してみてください。