待ち人来たれ


*学園設定ですがこのシリーズだけ伊達が生徒、元親が教師となっています。
 尚、CPは変わらず伊達チカです。









「助かった〜!!」

 さぁこれから部屋へお邪魔しよう、としていた政宗は、狭いアパートの廊下に目一杯響いた情けない声とばたばた騒がしい足音がする方向へ、首を捻った。途端、揺れる視界。衝撃で一瞬止まる呼吸。いやに馴れ馴れしく、回された腕で背中を叩かれている。ごわごわと嵩張る相手のジャケットのファーが、鼻先を擽って鬱陶しかった。
「俺、このまま凍え死ぬかと思ったよ!よかった、よかった!」
 それはそれは。よかったな。
 政宗は脈絡もなく抱きついてきた相手を引きはがし、あれ、とあからさまに不思議な顔をする長身の男の襟元を握り締めた。そのまま体を素早く反転させると懐に潜り込み、体勢が崩れたところを担ぎ上げる。
「わ、わ、わ!」
 おかしな事に背中へ乗せた男だけでなく、一足先に部屋へ戻っていた元親も半端に着替えた姿で覗き込んでいて、ひどく慌てた様子で声を上げた。
「けけけ慶次っ」
 アンタそれよりも、はやく下はけ。パンツ丸見え。
 政宗は胸の内でぼやきながら、まさか順調に重心が傾くのを途中で止められる筈はなく。
「ぷぎゃあ」
 真田直伝の背負い投げは勢いをつけて、綺麗に決まった。








 じとり、と胡座をかいた元親は目の前で正座するふたりを睨みつける。政宗に投げられた男は、痛む背中を恐る恐る撫でながら懲りずに笑っていた。どうやら、それが彼の標準らしい。
「慶次。ろくに確かめないで人に抱きつくのは止めろよ。伊達に謝れ」
「うん、ゴメンなー。えーと、だて?いたち、って書くアレ?」
 この手の顔は苦手だ。どう言い表せばいいのか迷うが強いて言うなら、胡散臭い。
 政宗は明後日の方向を向いた。
「コラ!」
 元親の手がぎりぎりと頭頂部付近を鷲掴みして、無理矢理慶次と呼ばれた男へと向かされる。痛みと意地で歪んだ政宗の顔を直視して、慶次は耐えきれないといった様子で吹き出した。
「…上等だ。潰す」
「伊達!お前も謝るんだよ!いきなり投げ飛ばす奴があるか、ぁあ?」
「いいって、いいって。元親と勘違いして突進した俺が悪いし」
 元親は手の力をさっぱり緩めず、甘いな、と吐き捨てる。
「悪いことをしたら出来る限り即謝る。これが俺の教育理念だ。つー訳で、ほら」
 しばしの沈黙の後、ぶすりとむくれた顔で視線だけそらした政宗はほとんど口を動かさないまま、
「…スミマセンデシタ」
とだけ無責任に放り投げた。しかし元親はそれで満足したようで、良いことをしたら出来る限り即褒めるのも俺の教育理念、とぐしゃぐしゃに髪を掻き乱し、満面の笑みを浮かべる。釈然としない表情は一応見せるものの、政宗もまんざらでは無さそうだ。
「こいつは前田慶次っていってな、くされ縁だよ。今じゃあ、とある劇団の看板役者、だっけか」
 で、どうしたよ、と元親が聞けば、慶次は項垂れて顔を覆う。
「それがな、聞いてくれよ。俺のいる劇団、今度大きくなるもんだから新しく練習場所借りたんだよな。でも、そこだと寝泊まり禁止なんだ!電気と水道とガスと…そりゃもう全部止められてるってのに…」
 政宗と元親は、揃ってかわいた笑いを漏らした。
 行き場所のない慶次を放り出す訳にいくまい、と元親が言えばもちろん下心を抱えてやって来た政宗は最高に面白くなさそうな顔をする。しかし、適当に遅めの夕御飯を御馳走して他愛のない話を交わせば、元から人好きする慶次と打ち解けるのにそう時間は掛からなかった。あの馴れ馴れしさ具合が、なにかと一歩引く癖がある政宗にとって丁度良かったのだと元親は密かに思う。
「アンタたちが大学の演劇サークルで同期ねぇ」
「俺はともかく、元親は意外だろ?ああ見えて手先が器用だから、小道具とかメイクとか」
「め、メイクぅ?!」
「政宗も今度してもらえば?かなり巧いから」
「なんで俺が。いらねー」
「遠慮するなってー」
 いつの話だ、と元親は呆れてみせる。
 気を許した政宗の無遠慮さも慶次には心地良いものだろう。歯に衣着せぬ言動は慶次自身がそうで、そういえば誰にでも物怖じせずもの申して、また他人にもそれを望むような奴だった。
 しっかしなぁ、と慶次は烏龍茶を飲み干した。
「元親が先生になったの、本当だったのか」
「いまさらかよ。卒業旅行で祝ってくれただろ」
「だって俺も含めて、その旅行の面子はみんな信じてないよ?全部、冗談に付き合ったってなってる」
 政宗がグラスを口に運びながら隣を窺えば、これまで見たことがないほど珍妙な顔をした元親が、は?とたっぷりの間を持って聞き返した。
「まさか…俺が高校教師やってること、みんな知らないのか?元就も?竹中も?武蔵と、それに市も?」
「うん」
「…お前も?」
「政宗、制服着てるだろ。それで今」
 へらへらと笑い続ける慶次の、後頭部で結い上げられた髪が乱暴に引き上げられる。
「い、いだだ!え、なんで、元親サン?!」
「冷たいぜ慶次サン、そんなことある訳ないじゃないか。絶対話したぜ。俺らの仲だろ」
 元親がわざとらしく浮かべた笑みは不機嫌さが色濃くにじみ出ていて、どこか幼く見えたが、少しも不自然ではなかった。顔の皺がその表情とぴったり合って、昔はよく浮かべていたことを思わせる。
「なんてったって、俺たちは言わば同棲も同然の生活をしていた仲な、んだ、か、ら…って…」
 しかし、その言葉が語尾に近づくにつれモゴモゴと口の中に消えていったのは。
「…へぇ?それで?」
 ふたりの遣り取りを見守っていた政宗の、グラスを持つ手が目に見えて青筋を立てながら震え、左目に剣呑さ際だつ光が宿ったからだ。もう、遅すぎる。しまったと思う暇もない。
 痛い痛い!と喚く慶次に、お前のせいだよ、と元親はわざと力を込めた。
「…くそっ、今日は飲むぞ!」
 いくら飲んでも忘れてもらえないことは、十も承知の上。















(2006/11/14)
元親が口にした面々は、みんな演劇サークルのメンバーです。特に仲が良かった様子。
慶次はなんとなく現代パロだったら役者やってそうだなぁ、としばらく前から思ってました。きっと中の人の印象が強いんじゃないかな…
いつかオマケを足せたらいいなと思う今日この頃。