先生と俺2,5
*学園設定ですがこのシリーズだけ伊達が生徒、元親が教師となっています。
尚、CPは変わらず伊達チカです。
ごぽごぽごぽぽ。
政宗のため息は、泡ぶくに姿を変えて水中へと消えた。今日の風呂は、普段より余計に湯をはっている。このまま、近頃胸を占めている悶々が流れ出ていってくれないだろうか。あぁ無理だよ、そんな簡単な悶々じゃない。冴えない自問自答。
考えあぐねて早数ヶ月、そろそろ答えを出して割り切りたいところだ。そうでもしないと、風呂場で溺死してしまう日も遠くはない。
始めは何かの間違いだと、片付けていた。いくらなんでもないだろう、と。よく、他人に設ける壁が高いと言われていたから、それをすんなり越えて入り込んできた人間に対して、信頼の情が急速に目覚めただけかと思っていた。けれども、思いは日に日に膨張するばかりで、消える素振りすら見せない。ぐるぐるぐるぐると場所も時間も関係なく、頭のてっぺんから爪先までを縦横無尽に暴れられるのには困った。とくに、これからさぁ眠ろうと横になってからはきつい。寝返りを繰り返している内に、朝になってしまうことがよくあった。
そんなやっかい極まりない思いから解放されたのは、それから程なくして。しかも、至極簡単な出来事によってだった。
いつものように、朝実施した数学のプレテストを手に面談室に行ったら、窓際のソファで寝ていたのだ。政宗の気配になんて気づかず、惰眠を貪っている。規則的な呼吸は滞ることがない。伏せられて震える瞼に半開きの薄い唇。投げ出された腕の、ネクタイが緩んでいるせいで露わな喉の、尋常ではない生白さ。
まさか、まさか。
プリントを無造作に置き、逃げるように面談室を出る。そのまま教室に戻ることも出来ず、内靴のまま外へ出ていつもの場所に、隠れた。
確信はなかった。そういうものを感じとれる部分は、どこかで落っことしたか、若しくは上手い具合に麻痺したと自覚している。そういえば掘り下げて考えもしたことがあるが、それ自体実りあることだったなんて今でも思えない。もちろん親しくお付き合いした女性もいない訳ではないが、正直、面倒だった印象しかなかった。面倒事は嫌いだ。泣かれるのも嫌いだし、泣いている自分に酔っている奴を見ていなければならないのも心底嫌いだ。
だから、焦がれはしても欲しい欲しいと駄々をこねることはなかった。けれども今は、すぐにでも満たされたいと思う。独りよがりで単純な願い。気が付いて心が晴れたのは一瞬で、それからあとは今まで以上に理性をフル動員して、顔をつき合わせなければいけなくなった。むらむらと、身体の奥から湧いて出るような衝動が口をついてでるのを、いつも寸でのところで奇跡的に飲み込む。キャパシティはとっくにいっぱいで、いつ破裂することやら。
今のところ、甘んじてそうした境遇を受け入れているのは、苦い経験が常に脅かすからだ。こんがらかったものを再び元通りに解くのは、ひどく根気が要る。それを理由にやれるだけやったのだからと、まだ絡まったままだというのに誰もが目を背けて、出来るはずもないのに無かったものとしたがる。実際に、体験済みだ。数年前から放置されている、自分と母親との関係。
それでも懲りずに、突き動かされるままこの胸にある全てをさらけだしたら、どんな答えが返ってくるのだろう。どっちに転んでも、今の心地良い関係自体が綺麗さっぱりなくなってしまうのは間違いない。大抵浮かぶ報われないエンディングは、冗談抜きで怖かった。
ごぽごぽごぽぽ。再び口元に泡がたつ。
くそっ。愛って何だ恋ってなんだ。貧弱な言葉に、湯から出た肌の毛穴がふくれた。
誰か、頭の悪い俺が納得できるまで一から説いてみせろよ。
しばらく前覚えてどうでも良くなっていた煙草も、最近また吸い始めた。多分に、いつも彼が匂わせていたせいだ。整理のつかないこんな状態では、味なんてしない。たかが嗜好品で、この持て余した気持ちは晴れもしない。
一般のカテゴリを抜け出して、常識ではナシの方向の、それこそ白い目で見られるような、それでも確かに生まれた思い。気の短い自分は、あとどれぐらいそれに振り回されるんだか。残念なことに、それは本人が一番分からないことだった。
しょうがない、明日だ明日。明日の自分に乞うご期待。もしかしたら何かあるかもしれない、何もないかもしれない。
政宗の旋毛が、バスタブになみなみと注がれた湯の中へ消えた。
(2006/04/13)
「先生と俺」番外編。03直前の政宗視点。
実は考えて考えて、考えた末の突発的な行動を起こす人であって欲しい。