夜半にばらまいて


*学園設定ですがこのシリーズだけ伊達が生徒、元親が教師となっています。
 尚、CPは変わらず伊達チカです。









 台所に立った元親は、手にしたおたまで鍋の中身をぐるぐるとかき混ぜた。器用に片足で立ち、もう片方でふくらはぎのあたりを掻く。んー、と唸ったかと思えば、それに答えるように政宗が寝転がっているリビングで控え目な電子音が響いた。炊飯器からだ。
「メシ炊けたぞ」
「おー。こっちももうすぐだ」
 そう答えて、こちらを向かないまま。しゃもじだけを寄こすから、政宗は渋々立ち上がり受け取った。
 元親の隣に並び、ふと鍋に視線を落とせば見慣れないものが左目に映る。肉の油が浮いたスープの中、人参や玉ねぎと一緒にたゆたう鮮やかな黄色と紫色の皮の物体。
「…さつまいも?」
「おう」
「なんでカレーに、さつまいも?」
「美味いから」
 軽く見上げた先にある元親の顔は言外に、当然だろ、と訴えてくる。政宗が知っている一般的なカレーは芋と言えばじゃがいもを指すのだが、別にさつまいもが食えない訳ではないからいいか、と思い直すことにした。そんな心中を知ってか知らずか、元親は一度コンロの火を止め、ルーを割り入れている。
 カレーのルーは中辛を選んだ。辛口だと食べているうち口が痛くなってくるし、甘口だと何だか物足りなくなる。ブランドによって微妙に味が違うとはよく聞くが、元親も政宗もそこあたりにこだわりは無かった。
 要はカレーだったら何でもいい。二人の見解は一致している。
 炊飯器の蓋を開けると、もくもくと水蒸気が立ちこめた。食欲をそそる甘い匂いが一気に濃くなる。二つの皿に炊きたての白米をそれぞれ山にして盛ると、政宗はそれを手に台所へと踵を返した。気がつけばスパイスのかおりが辺りに充満していて、それだけで飯が食えそうだ。
「ほい」
「さんきゅ。水、冷蔵庫入ってるから」
「へーへー」
 水切りに伏せられていたグラスをふたつ、内ひとつは元親専用のどでかいのを底から掘り出す。政宗は隣の冷蔵庫を開け、ペットボトルを抱えると足で扉を閉めた。ひんやりとした空気が押し出されて足下を撫でる。素足でぺたぺたフローリングの床を蹴り、リビングへ戻った政宗は既に準備されていたテーブルへグラスたちを並べた。あとは座って、今日のメインを大人しく待つだけだ。
 間もなく、二つの皿とスプーンを持った元親が現れる。
「おまちどー。長曾我部家特製のカレーだぜ」
 どかり、と政宗の前に置かれたそれは、大きめの具材がたくさんで随分と食い応えがありそうだ。スプーンを受け取りすくうと、ごろりとさつまいもがルーの浅い海を転がった。
 早くもかきこみ始めた元親は、うまい、と笑う。
「長曾我部家のカレーはな、さつまいもが入ってんの」
「なんで」
「辛いのが苦手だった俺に合わせておふくろが甘いさつまいも入れてみたんだと。そしたら家族全員に大ウケ、定番メニューに昇格。ずっとそのカレーで育ってきたからさつまいもが入ってないと物足りねぇんだよなぁ」
「へえ…」
 一口、政宗はスプーンを運んだ。スパイスのピリッとした辛さとじっくり火を通したさつまいもの甘さが舌全体にじんわりと広がる。ほくほくした食感もまた、絶妙にルーと絡んでいた。
 うまい。政宗が告げると、そうだろうまいだろ、と元親は大袈裟に頷いてみせた。
「これが俺のおふくろの味なんだ。お前にもあるだろ?そういうの。まだ早ぇか」
「ああ…大根と手羽元の煮込み、ならよく食うぜ」
 咄嗟に、嘘をついた。
 そのメニューは先日、テレビで見かけたものだった。なんとなく印象に残っていて、頭に浮かんだから口にした。母親に作ってもらった記憶はない。
 料理を全くしない人ではないがそもそも家を空けることが多いから、政宗が食事をする頃には、既に出来上がったものがテーブルに並んでいることが殆どだ。どれが出来合いで、どれが母親の手作りなのか見てもわからない。しかし、美味いとは思うから気にしたことはあまりなかった。
「味付けは、和風?意外と渋いんだな」
「うちは和食が好きだから」
「なんか想像しづれぇな」
「朝なんか毎日、味噌汁と米だぜ。俺はパンでもいいのによ」
 不思議なもので、少し本物を織り交ぜるだけで言葉すべてが真実のように感じられた。
 グラスを傾け流し込んだ水が喉と腹の中間で溜まり、冷たく、いつまでもいつまでも残り続ける。それは、夕食を済ませしばしだらりと過ごした後、衣服を脱ぎ合い薄い布団の上で元親のあたたかい体温を追いかけても、未だ政宗の中にしつこく巣くったままだった。



「…大根と手羽元の煮込み、だっけ」
 部屋の照明を落とし横になりながら元親が再び話題にしても、政宗はわざと不明瞭に答えて言外に、もう寝かせてくれ、という態度を繕った。嘘をついた先程のことを一刻も早く、忘れてしまいたかった。
 元親が寝返りを打つ。至近距離から無遠慮に覗き込まれて、ほんの少し驚いた。
「今度作って、食わせてくれよ」
「…俺が作るのか」
「おう」
 こちらを向いた元親はじっと見据えきて、間もなく視線を外し、政宗へと擦り寄った。元親の頬は熱いくらいだ。おそらく、眠いのだろう。
「おふくろの味ってのは、何度も何度も作って、食べてもらって、それでやっと誰かに伝えられるくらいになるんだって。俺のおふくろが言ってた」
「ふ…ん」
「だから、な。お前もそうやってマスターしていけばいいんだよ。食わせてくれな」
 政宗がそっと様子を窺うと、元親は既に寝息を立てた後だった。すうすうと規則正しい呼吸が素肌を擽る。
 一人残された政宗は頭を掻いて、足下へ追いやられていた布団を頭から被った。濃密さが増した暗闇の中で、元親とふたり、隙間なく触れ合い寄り添う。
「アンタが食いたいなら、作るけど」
 俺、レシピなんて知らねぇんだけど。

 政宗は眠る元親の身体に腕を回し、力を込めて抱き締めた。名残惜しむように、左瞼が殊更時間をかけて下ろされる。
















(2009/01/20)
自分では「夜半」を「よわ」って読んでます。