夢を結ぶ前に


*学園設定ですがこのシリーズだけ伊達が生徒、元親が教師となっています。
 尚、CPは変わらず伊達チカです。









 今日もどうにか積もりに積もった業務を終わらせ、へとへとになって帰宅すると、おんぼろアパート二階の自室からぼんやりと淡い光が漏れていた。元親は首をかしげる。朝、出かける時にはきちんと消灯してきた筈だ。ならば理由はひとつ。砂利だらけで舗装されていない駐車場から見上げ、元親は小さく息を吐いた。時季外れの寒さに口元が白く濁る。春だというのにひどく冷えた一日だった。足早にアパートの前へ周り、薄い金属の板で出来た階段をカンカンと音を立てながら登った。辿り着いた玄関のドアを引くと、さすがに施錠されていて、一瞬でもむっとした自身に苦笑した。焦らずとも、逃げられたりしないのに。もたつく指先でポケットから鍵を取り出して差し込む。
「ただいま」
 開けた扉から流れ込んでくる空気は暖かい。まるで人肌のような温さに、元親は思わず目を細めた。
 台所へ立った政宗はこちらを振り返り、もぐもぐと口を動かしたまま腕を持ち上げる。空腹に耐えきれずつまみ食いでもしていたと見る。元親も倣って答え、さっさと靴を脱ぎ捨てた。通り過ぎがてらコンロに置かれている鍋を覗くと、みっちりと具材が詰められ、あとは出汁を注ぎ火に掛けるだけで出来上がるようだった。
「来るんだったら言ってくれりゃあいいのに。俺を待たないで帰ってても良かったんだぜ」
「特に用事もなかったし、待ってればその内帰ってくるだろ。ここアンタの家だし。適当に寛いでた」
 その言葉通り、決して広くないリビングの小さなテーブルには教科書やノートが広げられ、政宗用にと揃えたマグカップには既に冷えたカフェオレ。畳まれていない制服のブレザーがそこらへ放って置かれている。元親は肩から落としたコートをその上へ重ね、情けなく気の抜けた声を上げてその場へ倒れ込んだ。フローリングは冷たく、堅かったが一度横になってしまうと再び起き上がることは難しい。唸りながらしばらく転がっていると、にやりと口の端を持ち上げた政宗が年寄りとからかってきた。実際、間違いなくその通りなので言い返す気にもなれない。政宗を見上げようと試みたが、どうにもこの体勢では窮屈でそう長く続かなかった。再び顔を伏せって黙る元親をどう思ったのか、政宗が台所へと踵を返した気配がする。ガチ、とガス台のつまみが回される音がいやに響いて聞こえた。
「すぐ出来る。そのまま待ってろ」
 手伝わなくていいのか。元親は問おうとしたものの、唐突に重みを訴えだした瞼は驚くほど政宗の言葉に従順だった。見慣れたフローリングの床を、これまた見慣れた裸の足が蹴る様子をぼんやりと眺める。台所と居間とを往復する足取りは程なく、こちらへと近づいて膝をつき。



 そこから先の記憶はない。横になるだけのつもりだったのに、軽く眠ってしまっていたらしい。
 気がつけば政宗は隣へと腰を下ろし、戯れに元親の白銀に指を絡めながら伸ばした脚の上に広げた書籍の文字を追っている。BGM代わりのテレビは普段よりも音量が落とされていた。眠っているこちらを配慮してくれたのだろうか。寝起きの心地よさが一層身体中に染み渡る。
 ゆっくりと瞬きを繰り返し、意識が鮮明になるのを待つ間、気配を察したらしい政宗がこちらを覗き込んできた。校内で見かける表情とは違う、気負いがなくどこかあどけなさの残る顔が至近距離にある。起きたての目には少々眩しい蛍光灯の陰になってくれているおかげですこぶる快適だ。元親は投げ出していた腕を持ち上げ、そっと指先で顎のラインを辿った。
「どれくらい寝てた?」
「一時間弱。疲れてんのか?布団敷くぜ」
「いや、それだけ寝たんならしばらく保つ。ありがとな」
 上半身を起こし、元親は大きく身体を伸ばした。随分と頭がすっきりしている。
 深呼吸すると部屋に充満した食欲のそそる匂いが鼻腔を擽っていった。そういえば昼からコーヒー以外口にしていない。腹が減っている。と、隣の政宗からまるで元親の状況を代弁するかのように、ぐう、と腹の虫の鳴く音がはっきりと聞こえた。腹をさすりながら政宗が呟く。
「腹減った。飯、出来てるから食おうぜ」
「みたいだな。俺が寝てる内に食ってなかったのか?」
「アンタなぁ…さっき帰ってきた時も思ったけど」
 笑いを噛み殺し尋ねた元親とは裏腹に、こちらへ向き直った政宗はぎゅうと眉を顰め、不機嫌な様子だった。何かまずいことでも言ってしまったのだろうか。元親は密かに首を傾げる。
「俺はアンタと一緒に過ごしたくて、一緒に飯を食いたくて居るんだっての!」
 真っ直ぐ見つめてくる視線を正面から受け、元親はパチパチと瞬きを繰り返した。
 そうしている間に政宗はさらにぐいと顔を寄せてくる。視界はすべて政宗で埋まってしまった。
「アンタなりの気遣いだってわかってる。でも、淋しいだろ」
 ほんの少しだけ力をなくした語尾に、元親の胸がしくりと痛む。
 はらりと落ちる漆黒の髪へ手を差し入れ撫でつけた。そのまま引き寄せ、互いの額を合わせる。喉を反らせた政宗の唇が元親のそれへ触れようとするのを、目を伏せて受け入れた。
「なんつーか、悪かったな。別にお前のこと避けようとしてたとかそんなんじゃない。誤解していないでくれよ?」
「知ってる。俺も、くだらねぇこと気にしすぎてた」
 元親も政宗も揃って腕を回し、ぎゅうと息が詰まるほど抱き締める。
 とんだバカップルだ。笑いがこみ上げてくる上、なんだか気恥ずかしくなる。しばらくして身体を離すと、元親はがりがりと甘い雰囲気を誤魔化すように頭を掻いた。同時に、政宗の腹の虫が再び大きな声をあげる。二人見合って吹き出した。
「鍋。温め直してくる」
「なら準備手伝うぜ。俺も腹減った」
 先に立ち上がった政宗が、こちらへ手を差し伸べた。元親は高いところにある政宗の顔と、その手とを交互に見比べ、遠慮がちにそっと取った。思ったよりも強い力で引かれて、いちいち驚いてしまう。
 いつの間にそんな力をつけたんだ、それにこんなにも掌が大きかっただろうか。随分と背も伸びたようだし。まめに触れ合っているというのに政宗の情報は目を見張るほどの早さで更新されていく。間違いなく元親にもそんな時期があったのだがもう思い出せないくらい遠い過去の話だ。
「…すぐ、大きくならなくてもいいんだぜ?」
 一抹の淋しさを感じ、元親は未だ頭一つ分ほど低い位置にある政宗の頭を撫でる。その内、全く知らない人間になってしまいそうで少し怖い。
 途端に政宗は顔をゆがめ、纏う空気が明らかに刺々しくなった。この手の話題になればこんな調子で、わざわざ気にしていますと白状するのと同じだ、と元親は常々思う。今回は勘違いな訳なのだが。
 とりあえず、そういった心配はしばらく必要ないらしい。どれだけ成長しても政宗は政宗のままということだ。
 元親は頬を緩め、政宗に振り払われても構わずしつこく撫で続けることにした。それでも手を離さないあたりが愛おしくてたまらない。
















(2010/04/30)
タイトルが決まらなくて半泣きでした。