DOGHOUSE001.5
「長曾我部。あんたの家、どこ」
「バイクで20分」
「なら俺んちだな」
コンクリの上に転がった男には目もくれず、互いに手を強く握り合ったまま屋上を後にした。足早に帰路につく。いつもと同じ道をいつもと同じ家に向かう、無味乾燥に感じられる筈の行動が全く違った意味を持つ。決定的な違いを生み出しているのは元親の存在だった。捕まえた手は、未だ熱を失わない。
「伊達」
「あァ?」
「お前んち、学校から近いのな」
「遠いと色々面倒くせぇからな」
放すことなく手を引いて、政宗は元親を連れ込んだ。学校から程近いマンション。家賃は安くはないが、高くもない。
幼い頃から何かと世話を焼きたがる小十郎以外、そこには誰も入れたことがない。ワンルームの、決して広いとはいえない我が家だが、そこはまさに政宗のテリトリーだった。エントランスでオートロックを解除して、物珍しそうにキョロキョロと辺りを見回している元親を促してエレベーターに乗り込む。
「随分大人しく着いてくるんだな」
「てめぇが、俺の欲しいもんをくれるって言ったから」
幼子のようなことを言う、と思った。暴力の申し子だの鬼だのと言われている男の台詞とは思えない。随分と可愛らしい鬼も居たものだ。だらしなくボタンを開けているせいで露出したしろい首筋に、今すぐにでも噛みついてやりたい衝動を寸でのところで抑えつける。昂ったままの精神は熱を生み、その熱は肉体を浸食していく。腰の辺りがじれったく疼く。自らが元親に欲情しているのだと自覚せざるを得ない。
滑るように上昇していた縦長の箱が静かに動きを止めた。軽い音と共に扉が開く。元親を伴い、冷静を装って部屋の前まで急ぐ自分が滑稽で笑えてくる。お前は何をしてるんだ、冷静な頭の箇所が問いかけてくる。
「知らねーよ」
「あ?なんか言ったか?」
「…いや、何も」
慣れた手つきで鍵を差し込み、捻る。
元親を乱暴に引きずり込んで、後ろ手に鍵を閉めた。何を考えているのか、元親は抵抗どころか動揺すら見せない。
「危機感ってヤツが欠けてんじゃねえの?」
「………」
「なあ、」
答えない元親を壁際に追い込んで、自らの昂りを押しつけた。弱い電流のような痺れが腰から拡散するように走る。
「お前がくれるって言ったのは、ソレの事か?」
喉の奥で笑った元親がすり寄せるように腰を突き出せば、この男もまた昂っているのだと知れた。薄く挑発の笑みを浮かべた銀髪の鬼が、妖婦のように政宗の表情を伺っている。
「俺の傍に居りゃあ、アンタの望むものをいくらでもくれてやるよ」
「は、そりゃあ楽しみだ」
元親の余裕が気に入らなくて、噛み付くように口付けた。貪るように口内を蹂躙すると、仄かに血の味がした。殴られたときに切ったのだろうか。舌が絡む。生暖かいその感触に、獣じみた欲望が膨れ上がるのを感じながらも、それを止めることはしない。
息が出来ずにこのまま二人して死んでしまえばいい。
指先は器用に元親のベルトを緩め、スラックスのジッパーを下ろした。手を滑り込ませた先、薄い布越しにそれに触れれば、息苦しさに口付けから逃げた元親が身を固くする。
「ちょっと、待て」
「あァ?」
今さら何を待てというのか、眼球だけ動かして見上げれば、眉根を寄せた元親が口元を苦く歪めている。
「ベッドじゃねーと嫌だ」
「別にいいじゃねえか」
「てめぇが良くても、俺が後々困るんだよ」
「随分とデリケートなことで」
左右対称に露出した眼で見つめあって値踏みする。どちらも視線を逸らさなかった。元親に逃げをうつ様子はないと見定めた政宗が先に目を逸らし、溜め息混じりに一度身を離してやる。下ろされたジッパーを上げながら部屋の主よりも先に奥へ向かう銀髪は、キッチンでふいに立ち止まって振り返る。
「ゴムはあんだろ」
「ああ」
「ローションが無けりゃサラダ油でもいい。何か潤滑剤持って来いよ」
やけに手慣れた元親の態度に、苦いものが胸を占めた。自他共に認める遊び人である政宗だが、さすがに男を相手にしたことは無い。返答がないことを承諾と取ったのか、元親はさっさと寝室に姿を消してしまった。
「Shit!」
舌打ちをして後を追う。貰ったは良いが使わずじまいだったローションが、確かサイドボードの引き出し辺りに入っているはずだ。
「オイ、長曾我部」
「なんだよ」
「お前、男とやったことあんのか」
「あるぜ」
「……Damn!」
「言っとくけど、俺がフラフラお前んちまで着いてきて何の抵抗もしないからって、俺はお前のモンになったわけじゃねぇ」
「分かってる」
「…俺はお前が何考えてんのかよく分かんねぇけど、とりあえずお前に責められる筋合いはねーよ」
「分かってんだよ」
男に清純さを求めるつもりもないし、元親を責める由など無いのは政宗とて分かっている。分かっているのだが、本能的な不快感が胸に広がっていく。
今日初めて言葉を交わした人間を、不可侵である筈の自分の領域へ連れ込んで、挙げ句の果てにこの有様だ。我が事ながら何をやっているのかと、益々眉間の皺が深くなる。
「男にしか興味持てねぇんだよ、おれは」
無言で眉をしかめた政宗に、苦い笑みを浮かべた元親が付け足すように言った。
整った容姿とは裏腹に、息をするように暴力を振るう。そのギャップに、一部の女子は惹かれるらしい。加えて、元親は絶対に女には手を上げないし、女に暴言を吐くような男でもないという。女から見れば、元親は「ちょっと悪くてかっこいい」男であるらしかった。
元親にアプローチする女が少なくない事は知っていた。加えて、色好い(いろよい)返事をもらった女が居ないことも。若さに任せて調子に乗っても良さそうなものを、浮いた話の一つも聞かないと思っていたらまさかゲイだったとは。
驚きは隠せなかったが、嫌悪感は湧かなかった。政宗自身が性別に頓着しない性質であるからかもしれない。何にしろ、下手に抵抗されるよりは都合が良い。認めたくはないが、政宗は体格と喧嘩の経験値に於いて元親に劣る。本気で抵抗されれば、まともでない手段に訴えなければならないだろう。
先ほど政宗が緩めたベルトは床に放り捨ててある。元親は政宗のベッドに腰掛け、薄笑いを浮かべて政宗の反応を窺っている。突然のカミングアウトで気が変わるとでも思ったのか、ただ単に政宗の動揺を見たいだけか。どちらにしろ良い気分ではない。
「あんたのことが気に入った」
「だから抱かせろって?」
「俺のモンになれよ」
弱すぎる力で肩を押せば、元親は抵抗なくベッドに沈んだ。
「やだね」
「強情だな、あんた」
何かに急かされるように性急に覆い被さって、その行動とは裏腹に優しく唇を啄む。元親の少しかさついた唇を舐めて、今度は柔らかな弾力を帯びたそれを深く貪った。熱を帯びた舌を絡め合いながら、片手で器用に元親のシャツのボタンを外していく。シャツを肌蹴させ、露わになった肌に掌を滑らせて躰のラインを撫でれば、しなやかな筋肉がくねるように蠢く。
理性が情欲に喰われていく音が聞こえそうだ。下肢に集まる熱も、高まっていく欲情も、霞がかってゆく思考も、何ひとつ制御できない。こんな風に余裕なく他人を抱くのは初めてだった。
首筋に顔を埋めて喉元に容赦なく噛みつけば、元親が躰を強張らせた気配がする。しろい首筋に歯形を残して、ぷくりと雫のように浮き出した血を舐めとる。後から湧き出す赤色を何度も舐めて味わう。
「バカ、いてえよ」
「黙ってろ」
唾液と僅かな血液に塗れた喉元にしゃぶりついて、スラックスの上から元親のそれに触れてみれば、腿がぴくりと跳ねる。喉の奥からこみ上げてくる笑いを押し止めて、元親のスラックスのジッパーを下ろす。下着の中に手を滑り込ませて直にペニスに触れれば、ひく、と喉を震わせて元親が息を詰めた。
「…う、ァ」
ゆっくりと焦らしながら手の中の欲望を育てていく。すぐに硬度を増すそれを緩やかに抜いてやれば、透明な雫が先端から滲む。ねっとりとして溢れ出すそれを塗り込めるように、何度も抜いてやる。細い啼き声交じりに荒い呼吸を繰り返す元親が、政宗のシャツを引き掴んだ。堪らなくなって、執拗に舐っていた喉から口を離した。
邪魔なだけのスラックスを下着もろとも引きずり下ろす。腹の奥底でじりじりと疼く熱を、これ以上放置できそうになかった。片手で抜き続けていた元親のペニスは反り返り、快感に震えている。それから手を離せば、物足りないと言いたげな、欲に濡れた視線が向けられる。背筋を駆け上がる電流のような鋭い快感をなんとかやり過ごした。
「後ろ、向け」
数瞬置いて、ようやく言葉の意味を理解したらしい元親が膝下でもたつく衣服に邪魔されながら体勢を変える。その間にサイドボードに手を伸ばし、引き出しの奥底に眠っていたローションのチューブを手に取った。
元親は枕に顔を伏せ、羞恥のためか小刻みに躰を震わせている。控えめに掲げられた腰を更に持ち上げて腿を左右に割り広げた。咎める声は掠れて制止の意味を成さない。冷たくぬめるジェルをろくに温めもせず秘所に塗り込めば、悲鳴に似た声音と共に眼下の躰が跳ねた。緊張しきった躰を宥めるように、出来るだけ優しい手つきで指を侵入させる。
中は燃えるように熱い。境界が融けて、そのままぐちゃぐちゃに混ざり合ってしまうような錯覚に襲われる。潜り込ませた指を更に奥へ押し込んで探るように動かすと、元親がくぐもった声を漏らす。それに苦痛の色が含まれていないことに安堵して、解すように指で中を抉った。
「ふ、うッ…」
まとわりつく内壁はジェルによって潤み、政宗の指に絡みついてくる。指の数を増やしても抵抗無く銜え込むそこを、政宗は丹念に探っていく。
「うあ、あッ…」
一点のしこりを掠めた時、元親の背が大きく跳ねた。立て続けにそこを刺激してやると、切ない声を上げながら元親が乱れる。甚だしい量の蜜を零し始めたペニスをもう片方の手で握り込んで全長を擦れば、足の先までも強張らせた元親は声にならない悲鳴を上げて政宗の手をしとどに濡らした。
「ああっ…はっ…」
半開きの口からは絶えず荒い息が吐き出され、硬質な相貌が紅潮してとろけている。
「わりィけど、もう我慢きかねぇわ…」
弛緩した元親の躰を抱え上げて、再び腰を掲げさせる。下衣をくつろげて己を秘部に宛がうと、一気に貫いた。
「…ッく、…う…」
弓なりに身を反らせて元親が息を詰める。
「おい、力、抜け…」
「………わかっ…て、らァ…」
勝手が分かっているのか、元親は深く息を吸って呼吸を落ち着ける。その手際が気に入らなくて、手荒に揺さぶってやる。
「うあ…っ…く……」
もっと奥へと誘うように波打つ熱い粘膜。絡みついてくるそれに突き立て、引き摺り出す。それを繰り返す。何度も。ぐちぐちと粘着質な音を立てながら獣のように交わって声を上げる。ぐらぐらと頭の芯を揺さぶられるような感覚に、眩暈がしそうだった。全身がざわざわと粟立っていく。酩酊のような陶酔。頭が疼く。急に喉が渇く。屋上で元親を見たときの感覚に似ていた。いや、屋上で味わった感覚が、セクシャルな快感に似ていたのだ。
さっき指で探り当てた箇所を狙って穿つ。内壁が無意識にうねり、政宗を追い詰める。何かを考える余裕が無い。真っ白に焼かれた脳髄。粘る粘膜を、一つ覚えのように激しく攻め立てる。にちゃにちゃと響く淫猥な水音と、肉がぶつかり合う音、元親の堪えようのない喘ぎ。ただれ落ちそうな思考回路を音が満たす。
「あ、もう…ッ」
かぶりを振って限界を訴えた元親の、シーツを握り締めて色を無くした指先が小刻みに震え、下肢を支える膝が笑っている。政宗も限界が近かった。心臓が破れそうなほど激しく脈打っている。開放を求めて元親がシーツを掻き毟る。世界が静まり返る。もう、壊れそうに速い拍動しか聞こえない。
「いいぜ、ッ、いけよ」
「あ、う、ぅあっ…!!」
促すようにペニスを抜いてやると、元親の全身がびくびくと引き攣るように震えて、どろりとしたぬめりが政宗の手を再び汚した。孔が政宗を締め上げる様に締まる。激しい眩暈と総毛立つような快感に耐え切れず、元親のはらわたを焼くように白濁した劣情を叩き付けてやる。それにすら感じるのか元親は下肢を震わせ、嗄れた声で啼いてから弛緩した。
「はやく、ぬけや…くそったれが」
「……余韻ってもんがねーのかよ、アンタには」
元親が呂律の回らぬ舌で悪態をつく。躰が心地よくしびれて、目が霞んでいる。名残惜しいが、元親の機嫌を損ねたら後が面倒そうだとぼんやりした頭で考える。ずるりと自身を引き抜いて、うつ伏せたまま茫然としている元親を仰向ける。脱力しきってされるがままになっている元親の表情は、前髪に隠れて見えない。邪魔な髪を丁寧に払ってやりながら、口元が綻ぶのを感じた。
「おい、大丈夫か?」
「忘れてたけどよ…」
「あ?」
「てめー、ゴム着けてねぇだろ…」
「ああ悪い、忘れてた」
「わざとだろーがこのクソ野郎、死ね」
あまりにも短い距離から放たれたせいでほとんど威力の無い蹴りを軽く躱して、にやりと笑って見せてやる。それ以上の攻撃に及ぶ意気を削がれたのか、元親はわざとらしいため息をついて目を閉じた。
戯れに、左目を覆う眼帯を外してやろうと手を伸ばすが、パチンと空しく乾いた音を立てて手の甲をはたかれる。
「見せねーぞ」
「あ、そう」
「あー、テメーなんかに着いて来んじゃなかったぜ」
左目を見ることを諦めたわけではないが、取りあえず諦めたふりをする。行為の途中で何度引き剥がしてやろうかと思ったか知れない、元親の左目を覆う眼帯。それは力ずくで暴いてはならないものである気がした。自らのそれと同じように。
「俺ァ寝る。邪魔すんなよ」
「はいはい」
目を閉じたまま沈黙した元親に口付けた。特に嫌がる様子も無かったのでもう一度、今度は深く。眠ると言った筈の男は、政宗の舌に応えて舌を絡めてくる。辺りの空気が再び濃密なものに変化する。冷めた肌が再び熱を持っていくのを若さのせいにして、あとは行為に溺れるだけだ。耽溺への誘惑は抗い難いほどに甘い。
ほとほと愛想が尽きそうな世界にも、まだ足を地に引きとめる何かがあるらしい。灰色の世界に色をつける何か。その存在を信じてもいいと思った。
ぎ ゃ あ あDeadmanWalkingの鳥居さんから頂きました…!
狂犬チカあああー!(びたんびたん)好物です、えぇ好物です。エロに飢えた私のためにわざわざ…。
神がいた。失神した。今度もキリ番狙います(こら)
鳥居さん、本当にありがとうございましたー!!