共犯











 夕暮れ時、オレンジ色の陽が差し込む教室で二人。なんて言うとロマンチックに聞こえるかも知れないけど、俺たちの間に色っぽい雰囲気なんて微塵もない。何しろ俺の隣でぼんやりと窓の外を見つめている隻眼は、視線の先でバスケットボールに勤しむ銀色に夢中だからだ。俺と政宗の視線の先、長曾我部元親が綺麗なフォームでスリーポイントのシュートを決める。わあ、と場内が沸いた。それに反比例して、俺たちが居る教室は静まり返っている。俺がトントン、と机を指先で叩く音がよく響いた。
「ねえ、伊達ちゃん」
「あんだよ」
 政宗は此方を向くことすらしないで、俺の呼びかけに短く答えるだけだった。俺はそれがおかしくて、少しだけ笑う。俺の押し殺した笑い声に気分を悪くしたのか、政宗が此方を向いて俺を睨み付けた。鋭い目線。他の生徒はどうだか知らないけれど、俺はそれくらいでビビったりしない。
「長曾我部先輩のこと、好きなら告れば?」
「……別に、」
 政宗が黙り込む。別に、何だというんだろう。恋する少女みたいな目であの人を追い掛けておいて、好きじゃないなんて言わせない。俺に嘘はつけないと分かっているのか、政宗は語尾を濁らせて黙った。
「テメエこそ、真田のこと好きなんだろーが」
「好きだよ?」
「なんで告らねェんだよ」
「恋なんて知らない、汚れを知らない旦那が好きだから……かな」
 ふん、と政宗が鼻で笑った。正直に言うとカチンと来たけど、俺もガキじゃないのでそこはぐっと我慢する。政宗はまた窓の外に視線を投げていて、視線の先ではよく目立つ銀色が当たり前のように笑っている。みんなに分け隔てなく笑顔を振りまく男を愛してしまった政宗は、少しだけかわいそうだ。
「ねえ、」
「ああ?」
「抱きたいとか、思うの?先輩のこと」
 政宗がまた俺に視線を寄越す。汚らわしいものでも見るみたいな、心底嫌そうな顔。俺は政宗のこんな顔ばかり見ている気がする。でも、結局何だかんだで俺たちは一緒に居るし、明日も顔を合わせ、こうやって無為に時間を過ごすのだろう。腐れ縁ってこんな関係の事を言うんだろうか。
「ねえ、伊達ちゃん、」
「うるせーな。思うよ、悪いか」
「悪くないけど、まさか先輩をオカズにしてたりすんの?」
 かあ、と政宗の顔が赤くなる。クールを気取っている筈の伊達男が台無しだ。政宗に人並みの性欲があることに、俺は少し驚いた。年頃の男子みたいにエロ本を見て騒いだりしない政宗は、性に対してはどちらかというと淡白な方であると思っていたが、認識を改める必要があるようだ。
「猿、テメエ……殺すぞ」
 聖域を汚されたような気分なんだろうか。怒りを露わにした政宗が、俺の胸倉を掴んだ。この男が俺を殴るには、未だもう少し怒らせる必要があると分かっているので、俺は動じない。
「いや、でも伊達ちゃんは至極真っ当なんじゃない?」
「どういうことだ」
「俺、旦那に抱かれたいもん」
 政宗が俺からぱっと手を離す。嫌悪感が露骨に透けて見える目色で、政宗は俺の事を突き放した。俺は乱れたシャツを整えながらも、政宗から視線は離さない。俺が真田の旦那に向ける感情とは違うけれど、この男に好きなところがあるとしたら、それはこの鋭い目線だ。
「テメエの悪趣味には付き合ってられねぇ」
 黒革の鞄を持ち上げて、政宗が教室から出て行った。振り返りもしない背中を見送って、俺は口元に自嘲の笑みを刻む。政宗は愛しい先輩をどんな目で見つめるんだろう。きっと、俺に向けるような視線が元親に向けられることはないのだ。そう思うと不思議な気持ちになった。元親が知らない政宗の一面を、確かに俺は知っている。


「佐助」
 ぼんやりと窓の外を眺めていると、ドアの開く音と共に聞き慣れた声に名を呼ばれた。其方を振り返ると、真田幸村が無邪気な笑顔を浮かべて此方を見ている。寒い屋外に居たのだろう、鼻の頭が赤くなっている。
「旦那、もう部活終わったの?」
「ああ、今日は週末の試合に向けて早めに終わるとのことだった」
「そっか。じゃあ帰ろっか?」
「ああ」
 さっき政宗が出て行ったばかりの扉から、俺も帰ることにする。学生鞄を持って、俺は旦那に近づいた。薄茶色の、ビー玉みたいに澄んだ瞳が、俺の事を見ている。そう思っただけでどこか満たされた気分になる俺は、もしかしたらちょっとおかしいのかもしれない。
 ずっとこの男が汚れを知らず、誰も愛さず、恋などしないで生きていけばいいのに。そう思って、しかしきっと俺の思いが報われる事はないのだと思ったら、少しだけ寂しい気分になった。恋慕の対象を抱きたいという至極真っ当な思いを、俺もこの男に対して抱ければ良かったのかもしれない。けれど実際問題俺は旦那を抱きたい訳じゃない。
「俺は腹が減ったぞ、佐助!!」
「マックにでも寄って帰る?」
 俺は旦那が誰よりも大事で、誰よりも愛している。けれど、だからこそ見せられない一面がある。俺の汚い面を一番よく知っている他人は政宗だろう。逆に、あの男の暗い部分を一番よく知っているのは、元親ではなく俺だ。
「コラ、旦那。廊下は走らない。マックは逃げないよ!」
「しかし俺は腹が減ったのだ!!!」
 当たり障りの無い笑顔を浮かべながら、その下で俺は何よりも旦那を欲している。俺は俺の全てを旦那にさらけ出してしまいたいのだ。結局そんなこととても出来はしないのだけれど。

















4周年記念に頂きました!ありがとうございます!!
鳥居さんの書かれる佐助が好きです。飄々としていて、でも幸村のことを一途に好きで。照れました…。