竜を求めて三千里











「は?!何だって?」
そこは奥州の城であった。
慣れた客間に通された元親を出迎えた小十郎は、苦さと不可思議さが同居した、何とも難しい顔をして、さきほどの台詞をもう一度唇に乗せた。
「だから、政宗様は四国の、言ってしまえばテメエのところへ出かけて行ったぞ。聞いてないのか?」
元親は固まった。
固まって、そして、頭を抱えて絶叫した。
「嘘だろおい・・・!!」
ことのおこりは数日前。
唐突に、そういえば最近政宗と会ってないなあと気づいたのが始まりだ。
互いの国は四国と奥州。
遠く隔たり、互いに城主という立場にあるのだから、当たり前で仕方のないことではある。
けれど、気づいてしまえば、どうにもこうにも顔が見たくなって、元親は即決断した。
奥州に行ってくるわ!と宣言して素晴らしい速さで船をだした。
足の速さが売りである。
いつもなら、互いに行き来するときは必ず事前に文をだすのだが。
何の先触れもなしに顔を出せば、あの男はどんな顔をするだろう?
きっと盛大に驚いて普段見れないような年相応の顔を見せてくれるかもしれない。
その思いつきを元親は非常に気に入ってしまったのだ。
立て込んでいるという話も聞かないし、大丈夫だろうと、文を出さないまま船を飛ばし。
年甲斐もなく少しばかり意地の悪い気持ちで城に乗り込んでみれば。
肝心の政宗は外出しているという。
しかも。
よりによって、四国に、だ。
「文なんて来てねえぞ?!」
自分が文を出さずに来たことをきっちりと棚に上げて、元親は吠えた。
自分が思いついた悪戯だ、人を振り回すのが好きな男も思いつくかもしれない。
けれど、よりによって、同じ時期に同じことを思いつかなくてもいいではないか。
盛大なすれ違いだ。
しかも、かなり間抜けだ。
「・・・発ったのはいつだ?」
帰ってきた答えに、どうやら足は馬らしいと推測する。
ならばたぶん、ここ二三日のうちに、政宗も四国の城につくことだろう。
馬よりも船の方が足は速い。
元親は勢いよく顔をあげて、小十郎に文の用意を頼んだ。




その翌日、元親はこれまた船のうえにいた。
次の日にあわただしく物資を補給し奥州をたった。
四国へ帰るためである。
疲れている部下たちには悪いと思ったが、彼らは気を悪くした風もなく船をあやつっている。
自分でいうのもなんだが、いい部下に恵まれていると思う。
四国へ向けて飛ばした文にしたためたのは簡潔な一言。


『今から帰るから城で待っとけ!!』


奥州から馬と船を乗り継いでの旅だ。
文がつくころまでは城にいるだろうと、そう考えての元親の迅速な決断と行動だった。
しかしだ。
元親は政宗という男のことをまだまだ甘くみていたようである。
「は?!帰っただとお?!」
存外に早い帰還の元親を出迎えた信親は、何とも言えない顔で頷いた。
眉を寄せたその顔は心配そうな表情であったが、よくよくみれば半分以上は呆れの色を含んでいる。
「父上が奥州に行ったことを話すと、それこそ矢のような勢いで引き返していきました」
「・・・もしかして、一人で来たのかまさか」
信親はゆっくりと一度首を振った。
もちろん縦にだ。
元親はしばらく息をのみこんだあと、盛大にため息を吐いて、己の手を額に当てた。
「アイツ絶対人間じゃねえな。何で休みもせずにそのまま引き返せんだよ・・・」
馬で来たのではなかったのか?!とそう問えば。
「伊達殿の馬はこちらが預かりまして。かわりに・・・」
こちらの厩舎にいる一番良い馬に乗って帰っていったのだという。
二重の意味で、元親はもう一度ため息を吐いた。
「おれからの文は」
「つく前に伊達殿はお帰りになりましたゆえ・・・」
元親は体からごっそりと力が抜けていくのを感じた。
「大間抜けだぜ」
政宗のことをののしったつもりであったが、まあ自分のことも含んで元親は頭を抱えた。




そして結局会えぬまま、文の行き来も何故か計ったように上手くいかぬまま、元親は京にいた。
前々から訪ねると言っていた商人との連絡がつき、急遽京に上ることになったのだ。
元親は特に、異国からの新技術に興味を持っていたので、一にもなく京へと向かった。
まあ実を言えば、政宗のことがかなり心残りではあったのだが。
実りのある会談を終えた元親は、宿への道を歩いていた。
いつもなら、機嫌良く酒場に繰り出すかというところを、黙々と歩く。
自分でも原因は分かっていた。


政宗不足だ。


そう、政宗が足りていないのだ自分には。
おもしろい話も聞けて、いつもなら上機嫌であるはずの己の心中が、今日はどうも晴れやかにならない。
ことあるごとに、あの男の顔が視界にちらつくのだ。
ほら、今このときですら、前の路を横切る横顔が・・・。
そこまでぼんやりと考えて、元親は目をこれでもかというほど見開いた。
「!!!!」
黒髪、着流しの男などどこにでもいる。
けれど、黒髪で水も滴る男ぶりの眼帯をしたいい男なんぞ、そうそうはおるまい。
たとえそれが花の京であろうとも、だ。
「兄貴?!」
「先に帰ってろ!!」
部下の驚いた声に反射で怒鳴り返して。
気づけば足は駆けだしていた。
その姿だけが視界に映る全てであったが、いかんせん、ここは都で、ついでにいえば、ここは花街だ。
行き交う人の数も多く、どうにも追いつけない。
名を呼べばいい。
政宗、と。
そう一声かけるだけで、きっとあの男ならば足をとめてくれる。
けれど、薄く開いた唇は言葉に詰まり。
自分が政宗を見間違えることがあるとは、思わなかった。
ただ、これだけ空振りしているのだ。
それこそ何か得体のしれない力でもって、会うなと言われているのかと勘ぐってしまうほどに。
もしも、ただの己の願望による見間違いだったらどうする?
一度姿を認めて沸き立った心が、ふと震えた。
やはり会えぬと、そう諦めまじりに思うことの方が今はつらい。
だから、名を呼ぶことができなかった。
そして、二つほど辻を曲がったところで。
「・・・・見失っちまった?!」
少しばかり乱れた息を整えて、元親は膝に両手をおいてうなだれた。
ああ、結局胸はきゅうとしぼんで。
つらいのなら、やはりさっさと声をかけておくべきだったかと、らしくもなく後悔し始めたとき。
「元親?」
その声に。
思考より先に体が反応してかすかに震えた。
元親は顔をゆっくりと上げた。
目の前に立つ姿は、見慣れた、焦がれた男のもので。
まさか幻の類ではあるまいな、と一度瞬きする。
政宗の姿は、消えなかった。
「何でこんなとこに・・・」
目を丸くして、政宗はひどく驚いているようであった。
元親が見てみたいと思っていた、あけすけな、ちょいと間抜けな年相応の顔だった。
しかしそれを揶揄する余裕も、小さな喜びも胸にはなく。
お前こそ何でこんなところにいるんだ、とか。
人並みに大人しく城で休んで待っとけよ、とか。
色々と言いたい言葉は頭を駆けめぐったが、声にはならず。
数ヶ月会えない、なんてことは今までにもあった。
なのに、何故こんなにも自分はこの姿を求めていたのか。
会えると、一度浮かれてしまったあとは、会えぬことのほうがまるで理不尽そのもののように思えてしまって。
思えば、四国と奥州、そして京。
この姿を目に納めるまでにたどった道筋の遙かなこと。
胸がつまって、鼻の奥がつんとして。
政宗の首に腕を巻き付け。
唇を。
「会いたかったぜちくしょー!!」
元親は求め続けたその柔らかい唇に、盛大に押しつけた。




夜の喧噪が聞こえる中、まるで切り取られたかのように静かな裏道で、元親はあげそうになる声を必死で押さえていた。
何せ顔を見るのも久しぶりで胸が震えたのだ。
久しぶりに触れられれば、そりゃ体も震えるというものだろう。
「Hey, 唇噛むんじゃねえよ」
「だって、声」
「Ah, 誰も聞いてやしねえよ」
唇を人差し指でゆっくりと撫でられれば、噛んでいようとするこちらの意識など関係なく唇はあっさりとほどけていく。
そのまま口の中に入ってきた指を歯をたてぬように舌で舐めれば、背中を抱く体が離されて、首の下に熱い唇が押しつけられた。
己の着物は、空いたもう片方の手でいいように乱されて、かろうじて腰の帯でとどまっているだけという有様。
だというのに、背中で感じたのは着物の肌触りで、己一人がいいように暴かれているという気になる。
少しばかり腹がたって、元親はしゃぶっていた指を軽く噛んでみた。
報復はすぐさま返ってきて、己の弱い所を容赦なく探られ、開いた唇から抑えられず声が出る。
そのことに気をよくしたのか、背後で政宗はくつりと笑った。
そのまま機嫌良さそうに笑っているのが何故か気恥ずかしくて、元親はふるえる手で、口元にあった政宗の手を取り、唇から引きはがし首で振り返った。
「わらうな!」
「Sorry. いや、いつもより大分に素直だからよ」
既に形を変えて涙を零し始めている己自身をやんわりと握られ、息をつめる。
押し当てられた唇が動くのを肌で感じて、また体の内側がぞくりと騒いだ。


「そんなにおれに会いたかったのか?」


笑み混じりのその問いは甘く脳髄を痺れさせた。
荒く息を吐きながら、元親は唇を舐めた。
己の唾液で濡れたそこは、舌でたどればまるで熱く腫れているようだ。
ああと吐息で答えれば、肌を悪戯に探る手が一瞬止まった。
前を向き、政宗には見えぬそこで、唇を引き上げる。


「テメエに会いたくて、会いたくて、もうちょっとで気が狂いそうだった」


喉が鳴る音がして、手荒く体を反転させられた。
横にあった木箱のうえに無理矢理座らされたかと思えば、
裾を無遠慮に割って、己とそう変わらぬ大きさの、けれど己よりも指の長い手が膝裏にいれられ、両膝を割り広げて持ち上げた。
性急に押し入ってくる濡れた指に息を吐きながら、少し笑う。
焦れて余裕をなくした様がおかしくて、それでも、無理矢理突き入れることもせず慣らそうとしてくれる様が愛しくて。
しかし、政宗はそれが気に入らないようだった。
乱暴に指で中をかき回され、たまらず掠れた声を上げる。
それでも嬌声の隙間にこぼれる笑みはなくならず。
忌々しそうに舌打ちする声に顔を上げれば、目が合った。
熱が浮いたぬらりと光る一つ目に見つめられればそれだけで肌が泡立つ。
すっと細まった目にすいこまれるように視線を奪われていたら。
「ひあっっ」
喉から細い悲鳴がこぼれた。
ずるりと容赦なく指が引き抜かれ、息を止めた瞬間に、直接押し入ってきた熱。
思わず政宗の着物を握りしめて、体を震わせた。
短く息を繰り返す間、動かずに宥めるように触れてきた唇の優しさに胸が暖かくなる。
「お前は?」
短い息の切れ目に、元親は問うた。
問いの意図を探るように見つめてくる目を見返して。
政宗の顎をつつむようにして両手を添えた。
「お前は、おれに、会いたかったか?」
男の唇が弧を描くのをじっと見ていた。
眉を上げて。
少し苦笑したかのような笑顔。
「でなきゃこんなに余裕なくしてねえよ」
額を寄せて囁く声は掠れていて、非常に質が悪かった。
その質の悪い声で耳元に吹き込まれた殺し文句。


「アンタに会いたくて会いたくて、もう半分気が狂ってただろうぜ」


政宗の首に腕をまわして抱きついて。
元親は機嫌良く笑った。
「ならおそろいだな」
そう言って、政宗の頬に口付けを贈った。






政宗とともに京に来ていた部下たちが、元親が書いた文を持たされ、今日は向こうで泊まれと宿を追い出されたのはこれから少しあとのこと。

















翔さんからいただきましたよー!
もう、ね、伊達とチカは結婚しちゃえばいいんじゃないかな!そうすればすれ違いもないと思う!
でもこんなすれ違いならあってもいいかもしれない。ハァハァ。

翔さん、本当にありがとうございましたー!!